立ち直り
俺は、その日の夜夕飯を食べることができなかった。家族には、体調が悪いと嘘ついて、部屋に引きこもった。
「知夜、ごめん」
後悔と悲しさの気持ちがあふれて来る。俺、涙が止まらない。なんてことをしてしまったのだ。
「うわああ!」
枕に顔を埋めて、叫ぶ。しかし、感情が落ち着く事はない。
「知夜」
そうだ、メッセージを送ろう。携帯を取り出し、メッセージを打ち始める。
『知夜、ごめん』
ゆ、指が動かせない。今、これ以上言ったら嫌われるのではないか。そんな気持ちが襲ってきて、送信ボタンを押せなかった。俺、送信ボタンぐらい押せよ。
「なんて、ダメ人間なんだ」
大事な時に謝れなくて、彼女を傷つけてしまい、一人部屋で泣いている。自分が、情けなくて仕方なかった。
「ううう」
その日の夜は、何もできずに、ただただ泣いているばかりであった。
「おはよう」
「おぅ、蒼おはよう。どうした、その目!?」
次の日、何とか重たい体を引きずって、学校に来た俺の姿を遼が見て驚いた声をあげた。
「昨日、一日泣いていたからかな」
そのせいかは、わからない。なぜか景色が灰色に見える。昨日までは、まるで天国にいるような鮮やかな景色だったのに、知夜と喧嘩してから景色が灰色の世界になってしまった。
「どうしたんだ? 俺でも、力になれるなら協力するぞ」
「早く言おうとしたんだ。だけど、間に合わなかった。言う前に見つかってしまった」
「見つかってしまった?」
「俺が、計画書を書いていたことに」
「おい、まさか、見られたのか? あの紙を?」
「あぁ」
遼は、それを聞いて頭を抱えた。
「一番、起きてほしくない事が、起きたのか。知夜ちゃんは、どうしたんだ?」
「怒って泣いて、走っていなくなった」
「一番、起きてほしくない行動が三つ続いたな。それで、目がそうなっていたのか」
「うん」
「放課後、俺に付き合え。飯でも食いに行こう」
気分が沈んで、飯が食べられるか、わからない。だけど、一人でいると永遠に昨日の事を考えてしまいそうだ。行くだけ、行ってみるか。
「わかった」
遼に誘われて、俺は放課後、飯食いに行くことになった。
知夜の事ずっと考えていたら、気づけば、放課後を迎えていた。今日の授業、全く内容が入ってこなかった。ただ、授業に出て、無意識に教科書とノートを眺めていただけだ。何しに、来たんだろ俺。
「蒼、待たせたな」
「ん、あぁ」
「飯食べに行こうぜ」
俺は、遼に誘われるがまま学校を出る。
「今日の国語、まじで、何言っているか、わからなかったよな。古典なんて、授業以外いつ使うんだよ。尊敬語とか敬語とか教えてほしいわ。あれ、両方敬語だ。なぁ、何が違うんだ?」
「え?」
「敬語と尊敬語の違い」
「あぁ、敬語は、尊敬語とか謙譲語の大きな分類の事だよ。敬語に含まれている種類の一つに尊敬語があるんだ」
「さすが蒼、やっぱ頭良い奴は、違うわ」
俺の落ち込んだ様子を気にしないで、遼は俺に質問をしてきた。
「江戸幕府開いた人って、何川の家康だっけ? 利根川? 信濃川?」
「徳川家康だよ。利根川は流水面積が日本一位、信濃川は川の長さが日本一位だ」
「そうだ、そうだ。思い出してきたぞ。いやぁ、さすがだな蒼」
遼は、あえて俺の得意教科の内容を聞いてくる。聞いて来た質問も、高校受験で出る範囲の問題ばかりだ。高校受験の時、遼に国語と社会、教えていたんだよな。わざと、俺が知っている内容を聞いているのか。自信つけさせるために。授業中とか、考えていたんだろうな。
「飯、何食う?」
「任せるよ」
「んじゃ、桜ラーメンのリベンジとかどうよ!」
「いいよ」
「ちょうど、駅に向かっているし、乗る電車変えて食べに行きますか」
普段も明るいが、今は俺に気を使って明るく接している上に優しくしてくれている気がする。遼に、ここまで気を使われたのは、初めて会った時以来か。
「ありがとうな」
「ん? 何言っているんだよー、みずくさいこと言うんじゃないよー」
わざと、だる絡みしてくるのも、遼の優しさなんだろう。
「まずは、ラーメンだ! 蒼が吐くぐらい食べさせるからな」
「想像しただけで、腹いっぱいになりそうだよ」
「ははは!」
遼は、俺の返事を聞いて笑った。こんなにも、遼と友達で良かったと思った事はないよ。
「店長! 桜ラーメン二つ!」
「はいよ!」
ショッピングモール内にあるラーメン屋に辿り着いたら、遼は座るとすぐに桜ラーメンを注文した。
「ここのラーメン、本当に美味いんだよな。ショッピングモールの中じゃなくて、普通に店を出しても良いレベルで、ガチで美味い」
「こんなに美味いラーメン屋、なかなかないよな」
ここに来るまで、遼から褒められ、明るく話しかけられたおかげか、返事が普通にできるようになっていた。ここまで回復できたのも、遼のおかげだ。本当感謝しかない。
「そして、このラーメンの臭い! 幸せだ」
「幸せだ」
「だよな!」
遼と、そんなやり取りをしているうちに、桜ラーメンが二杯運ばれてきた。今回は、普通のラーメンじゃなくて、良かった。
「桜ラーメン二個お待ち!」
「ありがとうございます」
ピンクのナルトが花びら状にかたどられており、桜の花びらを想像させる盛り付けがされていた。
「いただきます」
ラーメンを一口、食べてみる。麺が、醤油の味が効いたスープに絡んで、味わおうとしていたのに、あまりの美味しさで、気づいたら飲み込んでしまっていた。
「美味しい」
「美味いな!」
俺と遼は、夢中で桜ラーメンを食べ続ける。そして、十分ぐらいで完食してしまった。
「美味すぎて、あっという間だったな!」
「気づいたら、なくなっていた」
胃が、もっと大きければ、もう一杯食べたい。そんなことが、思えるぐらい美味しかった。
「店長! ごちそうさま!」
「あい、ありがと!」
俺と遼は、お金を出し合い会計を済ませて、店を出た。落ち込んで、食欲がなかったから、食べられないと思っていたけど、食べられた。それに、なんだか元気が出た気がする。ここのラーメン屋、美味しかっし、元気が出た。すごい場所だ。
「いやぁ、美味しかったな」
「うん」
遼は、ラーメンを食べて満足そうな表情をしている。遼が、こんなにも励ましてくれたんだ。俺も落ち込んでばかりはいられない。前に進まなければ。
「なぁ、遼」
「ん?」
「俺、知夜と仲直りしようと思う」
「うん、それが良いと思う」
「また、もう一回、力を貸してくれないか?」
「もちろんだ。じゃあ次は、『知夜ちゃんと仲直り、大作戦』だな」
「あぁ、よろしく」
こうして俺は、遼のサポートを受けながら『知夜ちゃんと仲直り、大作戦』を開始した。
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