最終章

菜の花畑

 コスプレの日から、次の日の朝、知夜から、こんなメッセージが届いた。


『学校帰りに、お花畑を見に行きたい』


 お花畑か、確か愛川高校の近くに何カ所か、観光用に広めな、お花畑があったな。行ってみるか。


『行ってみよう』


『うん!』


 知夜は、コスプレをした日から、あまりマイナス発言をしなくなった。昨日、俺が『自分の事を否定的に言わなくなったね』とメッセージを送ったら、『私、このままじゃ、ダメだと思ったから、マイナス思考になったら深呼吸するようにした』って返信がきた。


「遼の姉ちゃんの暴走には、振り回され続けたけど、知夜が前向きになる努力をしてくれるようになって良かった」


 俺は、部屋にある時計を見る、七時過ぎをさしている。そろそろ、準備をしないといけない時間だ。


『学校に行く準備してくるね』


 知夜にメッセージを送り、携帯を閉じた。


 普段は朝、教室に入ると、話しかけてくれる遼だが、この日は話しかけてこなかった。


「遼、おはよう」


 遼の所に行くと、机の上で自分の腕を枕にして寝ている。


「ん、蒼か。おはよう」


 顔をあげた遼の顔は、疲れ切っており目にくまが残っていた。昨日あれから、何があったんだ。


「疲れている様子だけど、昨日その後、大変だった?」


「そうだ、聞いてくれよ。昨日、姉貴たちがコスプレをした後、打ち上げって言って酒を飲み始めたんだよ」


「それだけ、聞いても不穏な気配しか感じないな」


「人って酒を飲むと、あんなに性格が変わるんだ」


「そんなに変わったのか?」


「姉貴たち、セルフプロレスって言って弟の俺を実験台で、プロレス技を仕掛けて来たんだ」


 想像するだけで、頭が痛くなった。遼、とんでもない目にあったな。


「よく、学校に来たな」


「偉いだろ」


 遼は笑顔で言った。


「蒼と知夜ちゃんは、その後どうしたん」


「普通に帰ったよ、それで、相談したい事があるんだけど」


「ん?」


 俺は、遼に今朝来たメッセージについて話した。


「いいじゃん、お花畑。それに自身の無さから来ていた、メンヘラみたいなメッセージもなくなって来ているみたいだし、良い感じじゃない?」


「そう良い感じだからこそ、行く場所は、しっかりと決めたいなと思っている。何か良い場所あるか?」


「確かに、場所選び大切だ。最近ニュースにもなった場所ある。ここはどう?」


 遼が、そう言って携帯を見せる。


「全国ニュースにも取り上げられた、菜の花畑か」


 俺が、想像していた、色んな色の花が咲いている花畑とは違う。菜の花だけでも、知夜は大丈夫だと言ってくれるだろうか。


「ちょっと、聞いてみる」


 自分の携帯を取り出して、知夜にメッセージを打つ。


『菜の花畑はどう?』


 画像と一緒に、メッセージを送った。少し待っていると、知夜から返信が届いた。


『すごい、綺麗! 行こう!』


 了承してくれた。次のデートは、菜の花畑に決定だ。


「遼、ありがとうな」


「良いってことよ。ふわぁー、眠いから、ちょっと寝るわ」


 遼は、そう言うと、自分の腕を枕にして寝始める。今回は、計画も何も立てないで行こう。いろいろ根を詰めすぎると、良くない。たまには、こういう普通のデートも良いだろう。


 放課後になり、いつものように校舎前で、知夜の事を待つ。


「蒼君、お待たせ」


 右肩を叩かれて、振り向くと、知夜がいた。


「よし、お花畑を見に行くか」


「うん!」


 俺の言葉に知夜は笑顔で、頷いた。菜の花畑までは、調べると徒歩十分の距離だ。歩くが、遠いわけではない。俺達は、菜の花畑までの道を歩き始める。


「知夜」


「なに?」


「良い意味で、変わったな」


 これは、本音だ。最初に付き合い始めた時は、明らかに自信がなくなっていた。束縛気質な言動も、今はすっかり収まっている。


「そうかな。言われてみれば、蒼君と付き合ってから変わった気がするかも」


 知夜自身は、あまり自覚をしていないみたいだ。


「変わったよ、明るくなった」


 知夜は、それを聞いて再び笑顔になる。自信がつけば、人は変われる。こんな時間が永遠と続けば良いなと心から思う。


 しばらく、歩き続けると菜の花畑が見えてきた。


「ねぇ、見て! すごい一面、黄色だ!」


 知夜は、菜の花畑を見て大興奮している。視界いっぱいに広がる菜の花畑は、まるで別世界にいる気がした。


「これは、凄いな。全国ニュースにも取り上げられるわけだ」


「蒼君、早く行こう!」


 知夜は、俺の手を引っ張って駆け足で、菜の花畑に向かう。さらに近づいてくると、菜の花畑の面積の広さが分かる。正面、左右どっち見ても黄色い菜の花が一面に広がっている。


「凄い! 見て! おとぎの国に来たみたい!」


 知夜は、俺の手を離すと両手を広げて、菜の花畑の中にある小道を駆け抜けていく。


「転ぶなよー」


 それにしても、こんなところがあると思わなかった。普段通る道と逆方向で、こっちの方は、全く通ってなかった。これは、遼に感謝するしかないな。


「普段、男子だけじゃ、お花畑とか行かないからな」


 しゃがんで、近くにある菜の花を見る。一つ一つは小さい黄色の花だ。これがいくつも咲いている。この一帯で、何万、何十万の黄色い花が咲いているのだろう。


「蒼君、こっち来てー! 一緒に写真撮ろう」


 知夜に呼ばれて、知夜の元に駆け寄った。


「ほら、早く早く!」


「この辺か」


「うん、そこそこ。じゃ、行くよ! はい、チーズ!」


 初めて知夜と撮った、ツーショット写真だった。見てみるが、顔が引きつっている。自分でも言うのも、あれだが、変な顔している。


「蒼君、変なとこ向いているよ」


「それを、言うなよ」


「もう一回撮ろう!」


「ちょ、おい」


 腕を引っ張られて、知夜が少し強引に写真を撮った。


「あれ、蒼君、今度は横を向いているよ」


「これはだな」


「ふふ、ごめん。今度は、ちゃんと写真撮ろう」


 今度は、お互い体を寄せて、しっかりと写真を撮った。


「今度は、ちゃんと撮れたか?」


「うん、ばっちり」


 さらに、ご機嫌になった知夜は、鼻歌交じりに歩き出した。


「ここに、来られて良かったね」


「そうだな。こんなに綺麗な場所だとは思わなかった。予想以上に綺麗だ」


 本当に、綺麗だ。今まで見たお花畑の中で、一番に入る綺麗さ。また、ここに来たい。


「ねぇ」


「どうした?」


「私、蒼君と出会えて良かった」


 知夜が、不意に言った言葉に、ドキッとしてしまった。『俺も、出会えて良かった』って言うべきなのに、言葉がでなかった。不意打ちすぎるぞ。


「俺も……」


「私ね、中学生の時いじめられていたんだ」


 知夜の告白に、俺は言おうとした言葉を詰まらせてしまう。知夜の隠された過去を知った瞬間だった。


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