第二章

コスプレ大作戦

 朝、こめかみに指を当てながら、教室に入る。


「あれ、蒼どうしたん?」


 遼が俺に近づいて来た。


「実はな」


 俺は、昨日の出来事と、今日の朝に起こったことを話した。


「あはは!」


 遼は、それを聞いて爆笑する。


「おい、笑うなよ。こっちは、深刻なんだぞ」


「いや、だって、それ笑う、あはは!」


 作戦を考えたのは、遼だって言うのに、本人はずっと笑っていた。


「蒼、俺も昨日どうやったら、自分に自信が持てるか気になったから、調べたんさ」


「うん、それで、何かわかったのか?」


「自分に自信がもてない彼女は、人に依存しやすいんだって」


「え、てことは、昨日したことって」


「知夜ちゃんにとって、依存したくなる行動だったんだね」


 てことは、自信を持たせるつもりが、自信がない状態の知夜にとっては、依存を加速させる行動だったのか。俺、やらかしちゃったのか。


「そんな、落ち込まなくてもいいよ。朗報もある」


「なんだ? 頼む、教えてくれ」


「知夜ちゃんが、より依存した。それは、蒼のことが、より好きになったって事だ。良かった、じゃん」


「そんな、前向きに受け止める事ができる遼が、羨ましいよ」


 遼は、そう言うとカバンから一枚の紙を取り出した。


「もしかしたら、そうなっちゃうって思ったから、お詫びに俺も、『自信がない彼女をラブコメのメインヒロインにさせる作戦』を書いて来たぞ。蒼が、持っている計画書のアップデート版だ」


 遼、俺の計画にノリノリだな。俺は、計画書を受け取り一通り眺める。いろいろと書いてあるが、一つの項目が気になり、目に入った。


「自信の無さは、自分に魅力がないって思っているから?」


 知夜は、男子の間でも話題になる程、美しい容姿をしている。魅力がないって、おかしいと思う。自分が美しいのに、自信がないのか?


「そこに早速、目が行くとは話が早く済みそうだ」


 遼は、そう言うと、椅子に座り笑顔で言った。


「楽しんでいる?」


「全く、とは言えない」


「まぁ、いい。話の続きを聞きたい」


「昨日、蒼がやろうとした事は、例えるなら外側の傷を治そうした行為だった」


「外側」


「そう、不安は外側の傷だ。彼女に自信を持たせるなら、内側に秘めている問題を治す方が、一番効き目があると、考えている。知夜は極度に自信がない。それが、不安に繋がっている」


「なるほど。それで、どうするんだ?」


「これだ」


 遼が携帯で見せて来たのは、アニメキャラの服装をした女性の写真。


「これって、コスプレ?」


「そう、コスプレだ」


「まさか、次にやることって」


「そう、題して『コスプレで、自分の魅力に気づいて、自信を付けよう作戦』だ」


 コスプレか、ネットとかで回ってくる写真は見るけど、したことはないぞ。


「俺もそうだし、知夜も多分コスプレの経験ない。大丈夫か?」


「そこは、安心してくれ姉貴を使う」


 遼の姉貴? 確か、三つ離れた姉がいるって聞いた事がある。


「遼の姉貴って、どういう人か聞いた事ないな」


「俺の姉貴は、ごりごりのコスプレイヤーだ。しかも、より再現度高めたいからって、美容系の専門学校に行ってメイクを学びに行くほどのガチ勢だ」


「もしかして、このコスプレ作戦を考えたのって」


「そう、俺の姉貴。『友達の彼女が自信持てなくて困っているから、何か良い方法ない?』って聞いたら、即答で『コスプレね』って返事が来たぞ」


 知夜は、嫌がらないだろうか、そこが唯一の難点だ。本人が嫌がっているなら、コスプレは、させたくない。


「知夜に聞いて、『大丈夫』って許可が貰えたら、その作戦を決行しよう」


「おっけ」


 俺は、知夜に『友達の、お姉さんがコスプレのモデルをやってみたい人を探しているのだけど、やってみる?』ってメッセージを送った。数分後に来た返信が、『やってみる』の五文字だった。


「じゃあ、コスプレするってことに決定。んじゃ、今週の週末、予定開けとけよ」


 こうして、『コスプレで、自分の魅力に気づいて、自信を付けよう作戦』が決行された。



 放課後入ってすぐに、知夜から『一緒に帰ろう』って連絡が来た。昨日、一緒に帰ったおかげで、誘うハードルが低くなったのかな。


「蒼君、お待たせ!」


 放課後、玄関前で待っていたら、知夜に肩を叩かれて、挨拶された。


「おぅ」


 機嫌が良さそうだ。昨日で、慣れたおかげか、そんなに緊張していない気がする。これなら、いつもの調子で接することができそうだ。


「帰ろう!」


 知夜に言われるがまま、ついていく。朝のメッセージ内容と比較すると、別人のようだ。気分の波が、あるのかな。


「すごい、上機嫌だね」


「だって、週末に蒼君と出かけるんだよ。嬉しいに決まっているじゃん」


 だから、こんなに機嫌が良いのか。遼からの提案とは言え、嬉しいなら、良かった。そういえば、知夜は何が着たいのか、あるのかな。


「コスプレで、何を着るのとか、決めているの?」


「え? 着る?」


 知夜の動きが静止した。まさか、この反応。コスプレを知らない?


「何を着るの?」


 知夜の顔がこわばっている。やばいな。何も知らない人の反応だ。


「コスプレって言うのはね」


 俺は、コスプレについて説明をしていく。その間、だんだんと知夜の目から光が消えていった。


 一通り説明が終わると、知夜は肩を震わせて、顔が青ざめていた。


「わ、私にできるのかな」


「無理そうだったら、今、友達に連絡して断るって言うけど」


 これは、遼からの計画。断る権利は、知夜にもちろんある。


「あ、蒼君は、コスプレしている人が好きだから、私を誘ったの?」


「それは」


 確かに、コスプレイヤーの写真とか見る時はある。だけど、今回誘ったのは、知夜に自信を付けてもらうためだ。


「私もアニメとか見るから、コスプレ好きでも全然、蒼君のこと嫌いにならないよ。だから、教えて蒼君は、私のコスプレを見たいから誘ったの?」


 知夜は、体を震わせながら、俺の顔を真っ直ぐ見た。始まりは、確かに遼からの提案だ。もし、提案されなかったら、コスプレっていう単語自体出なかったはずだ。俺の気持ちは、知夜のコスプレ、見られるなら見てみたい。知夜は、自分を過小評価しすぎだ。それぐらい、言えるほど、モデルみたいな細身な体に美しい顔をしている。コスプレは、間違いなく似合う。


「み、見てみたい」


 知夜の顔を見ながら、言えなかった。顔から火が噴き出しそうだ。自分の好みを彼女に直接話すのが、こんなにも恥ずかしいなんて知らなかった。


「わ、わかった」


「え?」


 今、『わかった』って言ったか? 知夜の顔を見てみると、涙目で、体を震わせている。


「わ、私やってみる。蒼君に、似合うって言われないかもだけど、コスプレしてみる!」


「そ、そんなこと言う訳」


 続きを言おうとしたら、手を握られる。その手には、今まで感じた事ないぐらいの緊張感が伝わってくる。


「だ、だから、コスプレしている時、そばにいてほしい」


 知夜は、涙を流していた。元から自分に自信がない知夜だ。コスプレをするって決めるだけでも、相当な勇気がいる。多分、一番勇気を出して言ったのだろう、涙が、それを語っていた。


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