そして今
「なんで、そんなに優しくするか言ってよ」
「それは」
俺が立てた作戦、『自信がない彼女に優しくすれば、ラブコメのメインヒロインになる説』、彼女を傷つけないどころか、幸せにできる最高な作戦だと思っていた。
「なんで、そんなに優しいの? もしかして、私以外の人と浮気しているの!」
結果、ビンタが飛んできた。
しかも、なかなかの威力で、視界が上に向いた。空って、こんなに青かったのか。恋愛って、こんなに難しいんだな。良かれと思ってやったことが、全部裏目に出て、この結果になってしまった。遅れて、頬の痛みが襲って来る。ビンタされた場所は、デートスポットで有名な橋、しかも恋愛成就で有名なパワースポット。恋愛成就のパワースポットで、ビンタされる彼氏って皮肉にも程あるだろ。
「あ、ごめん蒼」
どうやら、知夜は、冷静さを取り戻したみたいだ。できれば、ビンタする前に、冷静さを取り戻してほしかった。そんな事を思いつつ、橋の手すりに手をかけて、知夜の方向を見ようとする。
「え」
板が外れる音がして、再び視界が空を向いた。だんだん、橋の下が見えてくる。あぁ、今、橋から落ちているのか。俺、不幸体質すぎるだろ。不幸の二段構えって、誰に得があるんだ?
「あ、蒼!」
橋から、長髪の黒髪であり、この世で一番美しい知夜が、飛び込んで来た。なんて、無茶をしやがる。しかも、着ているのは制服、明日も学校あるのに、濡れてしまうぞ。でも、その瞬間風速的に訪れる男らしさも、好きだ。知夜に向かって手を伸ばす。アニメのメインヒロインなら、ここで手が繋がるシーンだ。
「あ、届かない」
しかし、現実は、そうは上手く行かない。二人そろって、別々で川に落水。橋が、そんなに高くなかったのと、川が浅くない事が幸いして、地面には叩きつけられなかった。
「知夜、大丈夫か」
「うん、蒼大丈夫」
水面から、お互い顔を出して、安全確認をした。知夜も怪我をしてないみたいだ。
「岸に行こう」
知夜と岸に向かって、移動する。彼女にビンタされるだけではなく、橋からも落ちるって、なんて不幸なんだ。
「蒼、ごめんね」
「怪我ないか?」
「う、うん」
「自販機で、あったかい飲み物でも買おう」
「うん!」
最初は、落ち込んだ様子だった知夜も、俺の提案で笑顔になった。知夜だけが、悪いわけではない。今回は、いつも以上に優しくしてしまって、不安にさせてしまった俺の責任もある。
「びしょ、びしょだ」
岸に辿り着いて、陸に上がる。ワイシャツや制服のズボンが濡れて、肌に張り付く。陸に足を付けた瞬間、風に吹かれて寒さが襲って来た。
「さ、寒いね」
「そうだな」
知夜と顔を合わせる。歯を震わせて寒がっている。大丈夫かと声をかけたいが、俺も歯を震わせている。寒い。だけど、この可笑しな状況に、笑わずには、いられなくなってきた。
「ははは」
「ははは」
お互い同じ状況に、俺は笑ってしまった。知夜も笑っている。なんだか、おかしかった。知夜って、こんな時でも笑ってくれるんだな。
「ねぇ、蒼、一緒に帰ろう」
「帰るか」
第一回『自身がない彼女に優しくすれば、ラブコメ、メインヒロインになる説』作戦は、失敗したが、知夜の知って良かった一面にも出会えた。それに、今日で終わりじゃない。まだ、自信がない彼女をラブコメのメインヒロインにすることは、諦めていない。俺の挑戦は、始まったばかりだ。
次の日。
「朝だ」
自分のベッドから起き上がり、背伸びをする。昨日は、初めて知夜とデートをした。いろいろあったが、結果オーライとも言えるだろう。これで、自分に自信が持てて来ているはず。携帯を見ると五件の通知が来ていた。
「知夜からだ」
五件とも知夜からの通知だった。絶妙に多い件数だ。昨日のデートも、あったから、それでメッセージ送ってくれているのかな?
『今日のデート楽しかったね。嬉しかった』
そうか、それは良かった。
『蒼君と付き合って、初めて会って、デートもできて良かった』
ははは、照れるなぁ。
『蒼君のことをもっと好きになった』
そう言ってくれると嬉しいな。
『私、蒼君なしじゃ生きられないってわかったから、決めたことがあるの』
風向きが変わった。ん? なんか、指が重い。これ以上、続きのメッセージみたら、いけない気がする。
『蒼君に、ちょっかいを、かける女子がいたら、許さない。蒼君を傷つける人いたら、社会的に復帰できないようにする。そして、世界一、蒼君の事を愛する人に私はなる』
まさか、昨日まで見ていた知夜は、ほんの一部だった? 天井を眺める。人は仲良くなると、心の内を晒すようになる。もしかして、このメッセージを打っているのが、本物の知夜。俺は、現実を甘く見ていたかもしれない。恐らく知夜は、メンヘラに片足を突っ込んでいる。携帯の通知音が鳴り響く。知夜からだ。
『ずっと一緒だよ、蒼君』
完全なメンヘラ化になる前に、知夜に自信をつけさせなきゃいけない。戦いは、これからだった。
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