待ち合わせ
作戦決行日。俺は、放課後になると、校舎前で知夜のことを待っていた。今日は、知夜と付き合ってから初めて会う日、校舎前で会うと約束した。
「落ち着け、俺」
教室を出た後ぐらいから、心臓の高まりがすごい、足も震えている。喉も乾いてきた。気を紛らわすために、携帯の時間を見てみる。午後五時すぎたぐらいか。
「一回、羊の数を数えよう。一、二、三」
頭の中に羊を召喚させて、羊で埋め尽くす。よし、良い感じに羊が増えて来たぞ。緊張も、ほぐれてきた。この調子だ。
「二十、二十一、二十二」
「蒼君?」
「メェー!?」
突然話しかけられて、変な悲鳴をあげてしまった。慌てて、声が聞こえた方向を向いてみる。すると、知夜が、綺麗な黒い長髪を揺らし、透き通った目で、こっちを見ていた。い、今の聞かれたか?
「メェ―?」
聞かれているー! ど、どうしよう。ま、まずは、この状況を何とかしないと。とにかく、恥ずかしい。か、体が熱い。知夜は、首を傾げて返答を待っている様子だ。早く何か言わないと。
「めー、目にゴミが、入ったみたいだ」
自分でも無茶苦茶だと思う言い訳をしてしまった。明らかに、怪しまれても仕方ない。なんだ、この言い訳は、こんなん通じる訳ないって。
「だ、大丈夫!? 目薬いる!?」
なぜか、通じた。知夜は、通学カバンを漁って、目薬を探している。今の内に心を落ち着かせろ。深呼吸だ、深呼吸。
「はい、目薬!」
「あ、ありがとう」
知夜から、貰った目薬をさす。この間に、なんとか落ち着くことが、できてきた。
「待った?」
「いや、俺もさっき来たばっかりだよ」
「そう」
「と、とりあえず、歩こう」
そう言って、俺は歩き始める。止まっていることが落ち着かない。動いて、少しでも意識を分散させよう。
「あ、蒼君!」
「はい!」
「歩くの速い」
「ご、ごめん」
気づいたら、知夜が後ろにいた。早く歩いてしまったようだ。止まって追いつくのを待つ。何しているんだ俺、これじゃ計画どころじゃないぞ。リラックスするんだ。
「歩こう」
知夜が追いついて来て、再び歩き出す。しばらくの間、無言の時間が続く。
「ち、知夜さん!」
「はい!?」
声が大きすぎた。知夜を驚かせてしまう。
「あの、付き合ってから、会えてなくて、ごめんなさい。連絡、取り合って舞い上がっちゃっていました」
「ううん、いいよ。私も会いたいって言えなかった。ごめん。誘ってほしくて、ずっと我慢していた」
我慢していた。その言葉を聞いて、胸が痛んだ。『蒼が、誘ってくれるのを、ずっと待っていたんだよ』、昨日遼が言っていた内容を思い出す。知夜が誘ってほしいのを、遼は見抜けていたのに、俺は見抜けていなかった。俺は、知夜の彼氏だろ、なんで見抜けていないんだ、情けなすぎる。
「あと、蒼君」
袖を引っ張られた感覚がして、振り向く。知夜が、真っ直ぐ、俺の目を見ていた。
「『さん』付け辞めて」
「すみません」
「簡単に謝るのもダメ」
「はい」
しばらく、お互いの顔を見つめ合う。何をすれば、いいのかわからない。
「ふっ」
すると、知夜は笑顔になる。え、何、俺また変なことしていた?
「どこに、行くんだっけ?」
「えっと、赤橋です。恋愛成就で有名な、パワースポットです」
「よし、行こう! レッツゴー!」
知夜は、片手を上にあげて歩き始めた。俺、緊張しすぎていたのかな。もしかして、いま気を使ってテンション上げてくれた?
「遼、自分で立てた計画。達成できるか、わからなくなったよ」
「蒼君、遅いよ!」
知夜が、奥で手を振っている。俺は、足を速めて知夜に向かっていた。
赤橋は、全国テレビにも紹介されたほど、カップルが多く訪れる、人気な恋愛成就のパワースポットだ。休日はカップルで多いが、今日は平日、元々少し街中から外れた所でもあり、ほとんど人がいなかった。
「着いたー!」
知夜は、喜んで手をあげた。橋まで歩き、手すりに腕を乗せる。楽しみにしていたみたいだ。誘って、よかった。赤橋、何十年前からある橋なだけあって、少し劣化している。まぁ、気にするほどでもないか。俺も、知夜の隣で、手すりに腕を乗せる。
「少し遠かった」
「だね」
しばらく、時が流れる。川の流れる音しか聞こえない。だいたいの話す話題は、行く途中で話してしまった。
「ねぇ」
「はい」
「私、面倒くさくなかった?」
「面倒くさくなかったです」
「本当?」
ここは、面倒くさくないって意思を貫かなければ。今日の作戦『地球上の誰よりも彼女に優しくして、不安を取り除こう』を遂行する時だ。
「はい、面倒くさくないです」
「また、語尾が他人行儀になっている」
「あ、すみません」
「私の、こういうとこ嫌いじゃない?」
「嫌いじゃないで、嫌いじゃない」
危ない、また『です』を使うとこだった。
「そう」
実際話してみるとわかった事がある。知夜は、自分に自信が無さ過ぎる。なんで、こんなにも自信がない。ここは、優しくするのに徹して、知夜に自信をつけさせないと。
「蒼君は、去年の入学式の事、覚えている?」
にゅ、入学式? 想像していない単語が飛び出してきた。
「入、入学式、何かあった?」
「覚えてない?」
何があったか、全く思い出せない。特に変わった出来事は、なかったはずだ。
「覚えてなくても、仕方ないか」
「え?」
「去年、入学式の日。私、方向音痴で、学校内で迷っちゃったの」
「そうなんだ」
「その時に、話しかけて教室まで案内したのが、蒼君だよ。そんなに優しくされた事なかったから、気になって名前を見たの」
やばい、覚えてない。確かに、あの日、同学年の新入生を案内したのは、覚えている。暇だから、学校内を散策していた時に出くわした。だけど、あの日案内したの、三人もいる。その中の一人に、知夜が入っていたのか。なんで、あの日に限って三人も迷っているんだ。
「ごめん、あの日は、三人も案内していて、覚えてない」
「ううん、気にしないで、いいよ」
知夜は、そう言うと遠くを見た。風でなびかれた髪に、色白い肌、整った横顔は、写真にでも撮りたい程、美しい姿だった。
「蒼君、今日いつもより優しいよね」
「そう?」
「私に隠している事ない?」
もしかして、作戦に気づかれている? いや、でも計画書は遼にしか見せてない。遼は、そんな人に言いふらすタイプじゃない。ここは、隠し通せばバレないはずだ。
「そうかな。俺は、いつも通りだよ」
「じゃあ、なんで私に、そんな優しいのか、教えてくれない?」
「それは」
計画書のことを話せない。言葉が、詰まってしまう。
「やっぱ、何か隠しているんだ」
「ち、違う」
「じゃあ、何で優しいか教えてよ」
知夜は、そう言うと俺の元に近づいてくる。鼓動が高まる。ここで、計画書のこと、言うべきなのか。
「なんで、黙っているの?」
「それは」
「言えないんだ」
「え?」
知夜の顔は、誰からも見て怒っている。だけど、その顔には、どこか寂し気な表情も混ざっていた。
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