その2
雲一つない満天の青空。芝生のベッドで眠ることが叶うのならば、いったいどれだけ心地よいのだろうか。
昼休み、
眼下の運動場では、元気の有り余った男子が制服のままでサッカーに興じていた。まるで小学生のようだと微笑を浮かべていると、横合いから頬へ冷たい感触が走る。
「冷たッ」
「へへっ、奢ってやりますぜ。有名配信者さん」
人を小馬鹿にした口調に振り向けば、そこには黒縁眼鏡を装着したそばかす顔の少女。頭の後ろで一纏めにされた黒髪は肩を震わす主に合わせて上下している。
皮肉が存分に籠った名詞に頬を膨らませつつ、ヒナワは渡された缶コーヒーを受け取った。
「それは今や五〇〇人くらいしか見てないような現状を知っての言葉、キリコ?」
「もちのろんで。というか、昨日の配信も見てたからね」
言い、
ヒナワもまた銘柄が微糖であることを確認するとプルタブを引き、中の液体を口内へと含んだ。
カフェインの苦味が午前中の授業で疲弊した脳に回転を促し、目が覚めた錯覚を味合わせる。通ではない少女には苦味の奥に潜む旨味を見出せないものの、僅かに混入している糖分が適度な甘味を届けるために口触りは悪くない。
缶コーヒーから口を離すと、ヒナワは小さく嘆息を一つ。
「見てたなら、今私が考えてることも分かるよね?」
「んー……私を助けて下さったあの素敵な紳士様はいったいどのような人なのでしょうー、とか?」
「その盲目より役に立たない眼鏡いる?」
「ごめんごめん冗談だからッ」
声を荒げ、更に腰のホルスターへと手を伸ばした少女を前に、流石に煽り過ぎたかと頭を下げるキリコ。
しかし、わざとメルヘンな声色を出したのは誤りとしても、大きく照準を逸らしたとは思っていない彼女はなおも言葉を続ける。
「でもさー、あれに関係するのは事実でしょ。多分学校も同じだし」
「それはそうなんだけど……」
帰宅後、自身の配信の終盤を見直してみても、少年が着用していた制服は森崎高校指定のものとみて相違なかった。つまり、現在に生きる侍と遭遇する確率は相応に存在する。
そして昨日の配信で最もコメントが盛り上がった瞬間は、ヒナワ自身の危機よりも少年到着後の展開であったことも確認済み。
多少の不満はあれど、最大目標の前では霞む程度のもの。
「やっぱり、彼に接触するのが早いのかなー」
「お母さんと共演、ってのが駄目ならね」
「……」
鋭利な視線で睨めば、大仰に肩を竦めるキリコの姿。
笛波カソウは世界的に有名なモデルであり、主な活動拠点である日本でも知名度は相当なものがある。氷のように透き通った美貌はヒナワにも遺伝しており、顔に限定すれば校内に自分以上の者は在籍していないだろうという確信も得ている。
が、それだけ。
一年前に始めた配信活動も、当初はネームバリューから一万を越す視聴者を獲得していた。が、どうにもリアルタイムでのトークに難があったヒナワは絶好の好機をふいにし、今では最盛期の二〇分の一を維持するのが精一杯。
三日で飽きられる美貌の他にも手段はあると、拳銃取扱特別免許乙級を獲得して賞金稼ぎとしての活動など方針を模索してみるも、そちらも思うように結果は振るっていない。
求められているのは、現状を打破する起爆剤。
そして拳銃が平然と大手を振る社会で白鞘を握る少年は、彼女が求める要素を限りなく満たしていた。
「でもなー、あんなこと言われたら私もなー。黙ってられないもん」
別れ際に交わした口論に後悔の念はあれど、仮に意識が昨日への逆行を果たしたとしても、結末に大差はないという確信があった。
「口は災いの元ってね。ま、人探しなら手伝いますぜ。ヒナワ」
冗談っぽく言うものの、キリコに助けられたことは一つや二つではない。
過去の経験が友人の発言に説得力を加える。故にヒナワは両手を合わせ、感謝の念として頭を下げた。
「やった。今度は私が何か奢るね」
「気にすることじゃありませんぜ。あの笛波カソウの娘に恩を売ったなんて、卒業後十年はネタに出来そうですし」
いったいどこまでが本気なのか、読心術など持ち得ないヒナワにはキリコの本心は覗けない。が、それでも数少ない友の発言は心強く、少女の心中に穏やかな風を吹かせる。
春の陽気を残した昼下がり、冬の残滓が運んだ一陣の風が屋上へ寒気を届けた。
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