可愛く、ない。
「わぁ……!可愛い!」
まさか、私が王子様にそう言われると思わなかった。っていうか、この服、動きづらい。
なんで、私はこんなものを着せられているんだ?わからん。
「
気がつけば、普段の柔らかさが彼に戻っていた。やっぱり、いつもどおりの可愛さを兼ね備えた王子様のほうが、気が楽だ。
「本当に思っていることを、聞かせてほしいんだけど。」
……?
「え?」
何言っとんじゃ、こいつは。会話の内容がトビウオ級に変わるもんだから、頭が追いつかん。
王子様は、ニッコリ笑うと、自分の人差し指を唇に当てて、首をちょっと傾げた。
……っっそれは、反則!!かっっわいすぎて、こっちが耐えきれんわ!なんなんだ、もう‼
さっきは、怖くて仕方なかったのに、ちょっと時間を置いたらこれ!?何、何なの?
……無表情のまま、頭の中で悶えていると、王子様は可愛いポーズのまま、口を開いた。
「さっき、僕のこと、『誰に対しても笑顔で、誰に対しても優しい』って、いったよね。それ、石灰さんの持つ、僕へのイメージでしょ?でも……。」
そこで、彼は言葉を区切る。それから、短く息を吸うと、続けた。
「それだけじゃ、ないよね。僕に対して思ってること。教えてくれないかな?」
……マジで、何いってんだ、
でも、悔しいことに、彼の疑問が事実。彼に対して思うことなんて、まだ山ほどある。自分が分かっている部分から、知らない部分まで。
「天澤、雅緋……。」
皆まで言ったら、どう思うだろう。彼の表情は、どう変わるのだろう。
「あな、たは……。」
心臓は早いくせに、頭は何処か冷静だった。でも、それでも、身体は、焦って、強張って……。
「石灰さん。君は、僕が怖い?」
「……わかって、言ってる?」
「いいや?」
天真爛漫な笑顔に、尖った感情がなにか一つ。それの正体なんて、何ひとつもわからないまま。
「……怖いと、思ったのは、さっきの表情。貴方の可愛さ、いつも可愛く見える貴方が、さっきばかりは、怖く見えたの。」
「可愛い……。」
私の言葉を食むように、繰り返した。それから、私の目の前で、深呼吸をする音が聴こえた。
「石灰さん。僕は、貴女の横に立ちたい。貴女が、好きです。」
……何も、言えなかった。予想なんて、していなかったから。
「好きって、つまり……?」
「恋人として、横にいたい、ってこと、です。」
恥じらいを全面に出した彼の顔。でも、酷く可愛い彼に、今だけはときめけなかった。
違う。おかしい。恋愛?彼は、私を恋愛として見てるの?
私は、彼とそんな関係を築こうとなんて、思ったことない。ただ遠巻きに眺めて、可愛さを堪能できればそれで良かった。
恋じゃ、ない。私が貴方に求めていたのは、恋愛なんて情じゃないの……。
「あ、天澤くん、それ、無理だよ。貴方に私、恋なんてしてない。出来ない。そんな認識、したことないもの。」
「……忘れてない?僕は、成り行きだから変えられないとはいえど、一応陽キャに属する人間なんだよ。人の表情変化は、君よりわかってる自負がある。」
彼は、いつも通りの柔らかな笑顔のまま、私の俯いた顔を上に上げた。
「君が僕に『可愛い』という感情を持っていても、僕はそれを否定しないよ。でも、一つだけ、覚えておいてほしいのは、僕は君が好きで、君は僕が好きだから、離れないでほしいってこと。」
顔、熱い。おかしい。何が起こってるのかがわからない。
普段から遠巻きに眺めていただけの、まるでアイドルみたいな可愛い子。そんなひとが、私を好きだと。そして、私が、彼を好きだと……?
「そ、そんなわけない。私が、貴方を好きだなんてこと……!!」
「ないの?僕に可愛いと思うのは、漠然とした感想?」
「う、うるさい!可愛いってのは……!」
彼の顔を見る。顔は強制的に上げられていたけど、目線はずらしていたから、顔をハッキリと見るために目をうごかす。
可愛いってのは、貴方の顔、貴方の仕草の中の愛らしさのことを言うのよ。
ほら、いつも通りの、可愛い顔が、私の頭の少し上に……。
「……。」
……可愛く、ない。
笑ってる。いつもと同じ笑顔。普段なら、この笑顔に、躊躇いなく『可愛い』って思ってる。
……でも、可愛くない。可愛いんじゃなくて。
「……いとしい?」
力が抜ける。意味もなく泣きたくなって、笑いたくなった。
「……いと、しい。天澤、君。貴方……?」
「ほーら。」
天澤君が、綺麗な笑みを浮かべる。
「石灰さん。僕は、君が好きだよ。側にいたい。離れたくない。離したくない。離す気もない。君だけが好き。」
音なく抱き寄せられる。なのに、それを待っていたかのように、腕を彼に回している自分がいる。
「……石灰さん。混乱してるなら、そのままでも構わないから、僕の隣にいてくれませんか?」
可愛いと思えなくなって、愛しいと思ってしまった。
私は、頷くほかなかった。
彼が、私の頭に手を置く。彼の次の言葉に、私は、この先逃げられないことを悟った。
「……一生、離さないから。」
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