可愛さと、怖さ

「やっぱ雅緋みやびはゾンビでしょ?……いや、半裸に包帯巻いてミイラもいいかも。迫力には欠けるけど。」

「なんでっ!?」

 絶賛夏休み。王子様は、文化祭準備で、見事に着せ替え人形にされていた。イケメン風のヴァンパイアから始まり、キョンシー、狼男、怪しげな占い師……と、様々な格好をさせられていた。

「やっぱ、うちのクラスの目玉は雅緋だもん。とびっきりサービスしなきゃ、女性客も狙えないってもんよ!」

「つまり、僕は客寄せパンダだと……?」

「当たり前じゃん?もういっそ、お化け枠辞めてサービス要員になっちゃう?」

 一方、場違いもいいところな私は、一人でちまちまと不気味なセットづくり。不気味なバックサウンドの編集だったり、ライトの調節だったり。

 王子様は忙しそうで、地味な作業をしている私を、羨ましそうに眺めてくる。普段から陰キャやってる私は、こういうところで得をする。

 正直、どうして王子様は『王子様』にこだわるのかが、よくわからない。話を聞く限り、あまり現状を好いているようではなさそうだったのに。

 よく、分からない。少なからず、彼には陽キャの血が流れているようだった。


石灰いしばいさん、ちょっといいかな?」

 気付けば、西日が教室に差し込んでいた。夢中で作業をしている間に、他の人達は全員、帰ってしまったらしく、じわりとした暑さが居座る教室には、私と王子様しかいなかった。

「……いいけど、なに、それ。」

「着てみてくれないかな?」

 王子様が私に手渡してきたのは、黒がベースのワンピースだった。黒のレース、ピンク色の刺繍と、いかにも堕落した我儘女子、といった感じだ。

「もう一回聞くけど、なによ、これ。」

「ゴスロリ。」

 なんだ、それは。陽キャの間では流行なのだろうか。

「私が着て、どうするのよ。」

 尋ねると、王子様は何処か遠くを見つめながら頬をかいた。

「いやね、これ、クラスメイトが調子に乗って、当日は僕が着る羽目になったんだけど……。」

「へー。天澤君が着るんだ。」

「驚かないんだね……?」

 驚きませんよ、別に。なんなら、今からフォルダの整理をして、百枚、二百枚でも撮影するための準備をしようかと思ったくらいです。 

「……王子様は大変だね。そんなことまでしなきゃいけないなんて。」

「王子……?」

 普段から呼ばれ慣れているはずの、彼の渾名。しかし、予想外なことに、彼の表情からスッと色が抜け落ちた。

 お、怒ってる……?

 そう呼ばれることに、実は不満を持っているのだろうか。つい数時間前、『なんで王子様ポジにこだわるんだろう』とか思ってたのに。

「前から、思ってたんだけどさぁ……。」

 声のトーンが、下がった。いつぞやの、大人ぶったようなあの声と、同じだった。

 でも前とは違う。『大人ぶっているようで可愛い』と、今は微塵も思えなかった。

 …はじめて見た無表情が、何処か冷たさを感じる。怖いと、思う。

 ゆっくりと、彼が口を開くのがわかった。つい、目線をそらしてしまう。

「……石灰さんは、僕が王子に見えるの?」

 ……なにを、当たり前のことを。そう見えるように振る舞っているのは、紛れもなく貴方じゃない。

「見える、わよ。誰に対しても笑顔で、誰に対しても優しい王子様。誰の寵愛も手に入れて、その分夢を湛えてるヒーロー。そう、見える。」

 ……ここで可愛いなんて言ったら、殺されそうだから言わない。でも、今言ったのが本心からの思いなのも、事実だ。

 よく、学校のアイドルのテンプレートに使われるような『成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗の有名人』を体現しているのが彼。彼自身、周りからのそんな評価を受け入れているように見えるし、それを誇っているとすら思っている。

「……。」

 天澤君は、何も言わない。ただ、私の方を、じっと見つめているだけ。

「ねぇ、石灰さん。その服、着てみてよ。」

 やっと口を開いたと思えば、三度目の催促だった。彼は、私が握っている『ごすろり』を指さして言った。

 可愛さが大幅に削られた彼の顔。嫌だと言えなくて、私は『ごすろり』を持って、お手洗いに移動した。

 可愛さがなくなった理由、王子と呼ばれるのを嫌がるのに立ち位置にすがる理由、彼の顔を見るたびに心に波が起きる理由。

 全部、わからなかった。

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