ちょっと、一旦、愛でて良いっすか

 クラスのカースト頂点王子様が、実はとんでもなく可愛かった。

 いや、可愛い属性なのは知ってたんだけどさ、あそこまで可愛く「ありがとう」言ってくるとは想像ができないわけでさ。

 マジ、マスコット的に愛でたい。膝にのっけて、頭ポンポン撫でて、思いっきり抱きしめたい。

 ……無表情のまま、そんな煩悩に駆られているボッチ高校生、石灰いしばい雫石しずくです、コンニチハ。

 先日、人通りの少ない花壇にて、涙を流しているカースト頂点、天澤あまさわ雅緋みやび君を目撃してしまった私。彼の涙、そして貸した上着のお礼を言われた時の表情のあまりの可愛さに、撃ち抜かれてしまいました。

 今日も、王子さまは王子様らしく、周りの人に囲まれて笑っています。本当に楽しそうで、昨日の涙が幻覚に思えるくらい。

 どうして、泣いていたんだろう。私に、聞く理由もないけど。


石灰いしばいさんって、毎日、此処にいるの?」

 放課後。いつものように花の世話をしていると、可愛い王子様が、さも当然と言ったように、私の横にしゃがんだ。

 隣に、今にもあなたを撫でようとしている人間がいるというのに、警戒心がない。私が驚いてしまうくらいだ。

「あの、天澤君。私の隣に来て良いんですか?」

「えっ、ダメ⁉」

 だめじゃ、ない。駄目じゃないけどさぁ……!潤んだ瞳で上目遣いはキツイって!我慢できなくなるって!

「……そっか、嫌なら離れるよ。仲良くしてほしくて、調子乗っちゃった。」

 おい、待て。今なんつった?仲良くしてほしいって言わなかったか?

「ぜんっぜん、そう言うことなら全然!離れないでください。寧ろそういうことならいっくらでも耐え忍んでみせますんで!どうぞ横へ!」

「え、耐え……?」

 王子さまは困惑したようだけど、すすっと私の隣にやってきた。それから、私と一緒に、水やりをし始めた。

「……昨日言ってたけど、本当に、聞かないでくれるんだね。」

 昨日の、アレか。少し、気にしていたのかもしれない。未だ潤んだ瞳も、少し赤みを帯びた頬も、何処か安心したように見えた。

「聞きませんよ。貴方から言われない限り。他人様の事情に入り込むのは失礼ですから。」

 横から、息を吐くような笑いが聞こえた。

「敬語、いいよ~。同級生だし。もう少し、砕けた話し方してくれる方が、僕も嬉しいし……。」

 楽しそうな彼の声が、少しずつ小さくなった。また涙を流すのかと思い、ハンカチの準備をする。

 しかし、そうではなかった。彼はくずおれるように、私に体を預けてきた。

「……⁉ちょっと、天澤君⁉」

「ご、ごめ……。」

 体を起こそうとしているのに、起き上がれないようだった。顔に触れると、彼の身体が、酷い熱を持っていることに気が付いた。


「ちょっと、アンタ、誰?その子。」

「クラスの男子。」

 私の家は、学校から徒歩五分の場所にある。私はとりあえず、動けなくなった王子様を背負って、家まで連れてきた。これでも陸部のエース(部活でもボッチだけど。因みに、園芸と兼部している)。体力をナメてもらっちゃ困る。同じ背丈の男子を背負うことくらい、朝飯前なのだ。

「ちょっくら私の部屋に倒して、この人の親に連絡とるから~。」

「はぁー⁉しーちゃん、待ちなさい!かわいい子背負ってどこ行くのよ!」

 自分の部屋だって言ったじゃん。ていうか、母さんも、天澤君のこと、可愛いって思うんだ。

 ……とりあえず、床に転がすのは気が引けたので、私のベッドに寝かせる。あの後、直ぐに意識を失ってしまい、私が背負うことになった。

「体、あっつ……。」

 三十九度を超えているのではなかろうか。今日一日、学校に来ていた彼のしぶとさに驚く。

 とりあえず、意識が戻るまでは横にしておくしかない。彼のスマホも勝手に触れないし、第一、パスワードとか言われてもわかんない。

 氷枕を頭の下に置き、そのまま彼の横の床に座る。適当に本を開き、読書を始める。

 同学年の人間と話す機会は、そう多くない。なんだか、今日は、凄く『会話』というものをした気がする。

「う……。ぐっ……⁉」

 魘されている。私は、ベッドの上で声を上げる彼の顔を見た。頭痛でもあるのか、枕に顔をうずめて、きつく目を閉じている。

 数秒後、パッと勢いよく、王子様は目を見開いた。ネクタイを取り、第二ボタンまで外した(私がやった)姿は、普段の品行方正な王子様とはずいぶんイメージがかけ離れた。そして同時に、汗をかいて赤らんだ顔も相まって、無駄に色っぽい。そして、やっぱり潤んだ瞳が可愛い。

「あれ……、いしばい、さん?」

「具合、どう?気分は?」

 王子様は、細い指で頭を抑えると「あのペットボトルのせいか……」と呟いた。

「ごめん、此処、石灰さんの家だよね?直ぐ、帰ります……。」

「さっきまで起き上がれなかったんだから、無理でしょ。保護者の人に連絡入れるから。電話繋げてくれる?自分で電話する?」

 私が問うと、彼は天井を仰いだまま、弱々しく首を振った。

「一人暮らし。上京してきたから。」

 マジか。すげ。私、家事という家事が何一つできない人間だから、憧れる。

 ……とか言ってる場合じゃない。一人暮らしなら、どうすりゃいいんだ。

「えー、じゃあ、どうします?私が、家まで送っていこうか?」

「……は?」

 ドスの利いた、低い声が聞こえた。最初、これが本当に王子様の声かと、疑ったくらいだ。

「女の子に、夜道送らせるわけにいかねぇだろ。ひとりで帰るよ。それくらい、平気……。」

 ……口調が、イケメンになった。口調だけじゃなく、表情も、少し睨みつけるような険しい表情に変わった。

 でも、それも長くは続かず、その後、彼がひどく咳き込んでしまって、彼はそのまま、うちに泊まることになった。

 母さんが雑炊を作ろうとしていたけれど、彼は食欲はないと断り、そのまま眠っていた。時折、激しく咳を繰り返していて、私は心配になり眠ることが出来なかった。

「……どう?落ち着いた?」

「……。」

 荒い息を繰り返しながら、漸くコクリと頷く。私は、そんな彼の背中をゆっくりとさすった。

「ごめんね、いきなりこんな、迷惑かけてしまい……。」

「ううん、全然。」

 寧ろ、弱ったあなたが可愛すぎて、今すぐ抱きしめたいです。さっきのイケメン口調も、大人ぶっているようにしか見えなかった。めっちゃくちゃかわいかったので、もう一回やってみてほしい。……言えないけど。

 ライトブラウンの髪が愛おしい。小さな呼吸音も、私より大きい手も、何もかもが可愛い。

 弱っている人に言うべき言葉じゃないのは分かっているけど。本当に、可愛くてかわいくて仕方ない。

 押さえていた手を口元から離すと、王子様はゆっくりと私の顔を見た。それから、少し怯えたような面持ちで、私の方を見遣る。

「……石灰、さん。やっぱり、一人って楽?」

 何を言い出すかと思えば。ボッチに向かって何を言う。

「あったりまえじゃん?持てる時間を、百パーセント自分の為に使えんだから。楽に決まってる。」

 私は、わざとらしくドヤ顔をかましてみた。人に囲まれた王子様に、私の生活の気楽さが分かるかい、という思いを込めつつ。

「やっぱり……?」

 王子様は、ゆっくりと体を倒した。そして、そのまま、細い腕を目の上に乗せる。

「……いいな。僕も、干渉されず、誤解されず、そうやって、好きな人の横で生きていきたい。」

 ……好きで群れてたわけじゃなかったのか?ふーん……。

「やっぱ、可愛いね。」

 怯えてる兎みたいで。

「あの花壇、大人数が辛くなったら、いつでもおいでよ。天澤君が来たら、私はきちんと移動するから。」

「……なんで、移動するの。」

 掠れた声が、聞こえた。

「僕は、君と二人がいいのに。」

 目は、閉じられていた。私のことを、見ていなかった。

 寝言か……?

 妄言だとそれを受け取り、私は部屋を後にすることに決めた。

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