人がいない花壇
僕の祖母が、友達を作れと呪いのように繰り返すものだから、そうするべきなんだと疑いもせず、生きてきた。
目と目があったら微笑んで、自分から声を掛けていく。それを、幾度となく繰り返す。
悪いことばっかりじゃないけど、取り巻きが多すぎて、自由に行動することが出来ない。これ、本当に難点。
時間に余裕をもって移動したいのに、友達がゆっくり支度をするからいつも遅刻ギリギリになるし、かといって先に行ってしまうのは、友人の礼儀を無視している気がする。
それに、視線を気取られて、好きな人に目を向けることすらできない。
……同じクラスの、
よく手入れされていることが分かる、サラッサラの黒髪、切れ長で涼やかな目元、薄い唇。それに、なにより、声を掛けられても、飾らない性格。
僕は昔から積極的な行動が苦手で、特に好きな人にアプローチできたことがないから、彼女と一対一で会話をしたことがない。でも、他の人と話しているところから、実は竹を割ったような性格なのではないかと思っている。
彼女は、僕をちらりとも見ない。まだ、僕は一度も、彼女の視界に入れたことがない。
「ミヤビってさ、周りの人間のこと、馬鹿にして生きてるの?」
同じクラスの女子に、告白をされた。それを断ったら、その子の友達から、そんな言葉を吐かれた。
なぜか、そう聞かれることがたまにある。どうして、そう思うんだろう。人を馬鹿にしたことなんて、無いのに。
「ど、どして……?」
「だって、顔がいいからってだけで、男も女もとっかえひっかえでしょう?大して努力もしてないのに、人を馬鹿にしたような笑顔張り付けて。そのくせ、人を傷つけてる自覚なんてありません、って反応して。なんで、リカの告白をミヤビが断るの?思わせぶりな態度取って、内心では笑ってんじゃないの?」
……訳が分からない。そんなつもりなんてない。目が合ったから挨拶をして、声を掛けられるタイミングがあったから会話をした。それだけのことなのに。
「ぼ、僕、そんなつもりじゃ……。」
「はぁ⁉なーに、被害者ぶるっての?アンタ、最低。」
頭から水を掛けられる。ペットボトルの中身が、全て降ってきた。
「傷ついたリカのこと、少しは考えなよ。」
女子二人は、直ぐにこの場から離れた。水は常温ではなくて、体の芯から、冷たくなっていくのを感じた。風は勢いよく吹き抜けて、髪も服も一瞬で乾かしていくのに、体温と心だけが、冷たくなっていくのを理解した。
「……なに、それ。」
目の前の花壇の花を見る。告白されるとき、僕は決まって此処に呼び出される。人通りが少なくて、いつも静かなこの場所。
「……もうさぁ、テイのいい虐めだよね、あれ。外見?イメージ?上っ面だけで判断してさ、自由に動くことも、好きなものを好きだって言うこともできないしさ。本当……、嫌になる。あー……、マジで、何……?」
気持ち悪い。独り言漏らして、訳も分からず泣いて。人がいないのをいいことに、もう何も抑える気力なんて、なくなってる……。
突然、頭の上に何か被せられた。バサッと、勢いの良い音が、空気の擦れるいい音が、響いた。
……人、いないと思ってたのに。一体、誰……。
「えっ……?」
い、石灰さん⁉い、いつから?
初めて、僕は彼女の瞳に映った。泣き顔を見られたことよりも、そっちの方に驚いて、そっちに意識が行ってしまった。
石灰さんは、いつものように無表情で、僕を見ている。
「ここ、基本的に、告白現場にしか使われないので、人通り少ないですよ。大丈夫です、誰にも言いませんから。では。」
彼女は、少し早口でそう言うと、足早に立ち去った。凛とした佇まいに見惚れてしまったけれど、かろうじて声を絞りだす。
「……は、はい。」
頭の上にあるのは、彼女の上着だったのか。今更、気づいた。
「……石灰さん。」
次の日、洗濯に掛けた上着を畳んで、僕は彼女の名前を呼んだ。人生で初めて、彼女に声を掛けた瞬間だった。
「昨日は、ごめんね。あと……ありがとう。」
石灰さんは、訝しむような目線を向けていたけれど、段々と目線を僕の方からずらし、口元を隠すように手で覆った。
「いっや、可愛すぎんだろ。」
一瞬、何を言われているのかが分からなかった。けれど、その直後、顔が熱くなったのが自分でもわかった。
「へぇっ⁉」
……ヤバい。
嬉しくて跳び上がりそう。
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