王子の秘密とシンデレラ

水浦果林

体育館裏の花壇

 いつも一人で読書なり勉強なりしている人間。

 物語を読むと、そういった『一匹狼』は、周りからヒソヒソと噂をされる……なんて描写が結構ある。

 でも、実際問題、友達が存在してる奴らは、一人きりの女の噂話なんてしねぇんだよな……。

『みて、あの子。いつも一人だよ。』

『一人が好きなのかな?』

 はい、こんな話題、陽キャの会話のコマンドに存在してません。『一匹狼』は、いわば空気。いてもいなくても、正直どうでもいい。

 そして私は、そんなスタンスが好き。

 正直、人と会話さえできれば、わざわざ友達作る必要なんてないじゃん?そりゃ、これから生きていくうえで、多少のコミュ力は必要よ?でも、そこクリアしちゃえば、わざわざ時間と体力と金かけて、スキルアップを目指す必要性、なくない?

 ……と、わたくし石灰いしばい雫石しずく(高校一年生、ボッチ歴四年目に突入です)は思っております。

 だからこそ、うちのクラスのカースト頂点のあの笑顔が、本当に無駄に見える。

 私は、教室のど真ん中で、天使のような可愛らしい笑みを浮かべるクラスメイトを見た。

「やった、私の勝ちッ!」

「ええっ、ずるいよ!はぁ、スイーツ五百円分、僕の奢りか……。」

「わーい、ありがとう、みーくん!」

 ……天澤あまさわ雅緋みやび。全校生徒の憧れの的、王子と呼ばれている、クラスの男子。ライトブラウンの細い髪、白い肌、ぱっと見で男だと分かるけれど、何処か華奢なその体躯。目も大きくて、頬は柔らかそうで、可愛い系の子。

 恐らく、一匹狼の私は、あの王子様に認知すらされていないだろう。別に構わないけど。

 私は、今日も、大変満足なのんびりおひとり様ライフを、堪能しています。


「あら、ありがとう、石灰さん。いつも花壇の手入れ、助かるよ。」

「はい。」

 別に、褒められたくてやってるわけじゃないんですけどね。園芸部員、私以外のほとんどが幽霊部員だから。

 学校の中庭の花壇は、人が良く通る。一方で、体育館裏の花壇は、影が落ちていて、人があまり寄ってこない。時々、今から告白が始まりそうな雰囲気の男女が来ることがあるので、そんなときには姿を消しているが、基本、静かだ。

 中庭の花壇の手入れもするけれど、私はどちらかというと、体育館裏にとどまっていることが多い。どこまで行っても、一人が好きなのだ。

「さて、そろそろ、体育館側に移動するかな。」

 中庭の花壇の手入れを粗方終えた私は、如雨露を手に取り、体育館裏に回った。影が落ちるから、夏でも涼しく、快適に過ごせる。

 告白現場になっていないかを確認するため、物陰からそっと目を凝らすと、なぜか王子様が屈んで、体育館裏の花を眺めていた。

 ……なんで、こんなところにいるのよ。今まで、ここで、会ったことなかったじゃない。告白されてるところは、八回くらい見たことあるけど。

 彼は、何か小声でつぶやいている。いつもの溌溂とした笑顔は薄れていて、暗い影を落としたような、どこか縁起が悪そうな表情だった。

「……もうさぁ、テイのいい虐めだよね、あれ。外見?イメージ?上っ面だけで判断してさ。自由に動くことも、好きなものを好きだって言うこともできないしさ。本当……、嫌になる。」

 私の耳がいいから聞こえたのか、彼が独り言のボリュームを上げたからなのか。分からないけれど、王子様は確かにそう言った。

「あー……、マジで、何……?」

 透明な彼の涙が、花壇に落ちる。可愛らしい顔に、飴のような涙を浮かべて、唇を噛んでいた。

 ……何があったかは、知らない。知る気もない。でも、彼の涙を見てしまった以上、そのままその場を離れるのは、絶対にやってはいけないように感じた。

 予備で持っていた、自分の上着を、彼を隠すようにかける。王子様の肩は大きく跳ねて、涙を拭うことすら忘れて、私の方を振り返った。

「えっ……?」

 あー、初めて会った人間を見るような目をされている。そうでしょうね。貴方にとっては、私は初対面かもしれないですね。

「……ここ、基本的に、告白現場にしか使われないので、人通り少ないですよ。大丈夫です、誰にも言いませんから。では。」

 わたしは、サッとその場を離れる。別に、上着はどうなろうと知ったこっちゃないので、置いて行かれようと、そのまま彼の所有物にされようと、どうでもよかった。

 不謹慎なこと考えるけど、やっぱ、王子様は、ちゃんと理由があって王子様なんだな。泣き顔、めっちゃ美人。かわいい。愛でたい。

 ……って、それを口に出したから友達減ったんだっけ。

「……は、はい。」

 可愛らしい声が、小さく背後から聞こえた。その声に、自分も考えていなかったのに、にやけているのが分かった。


「石灰さん。」

 次の日の朝。一番乗りで教室に入った(いつもそうだけど)私に、王子様が声を掛けてきた。そして、彼の手には、綺麗に畳まれた上着があった。

 認知されとるんかい。私のこと知ってたんかい。

「昨日は、ごめんね。あと……。」

 天澤くんは、私の方へと身を乗り出す。彼の身長が、百七十センチある私と大差ないのに、少し驚いた。

「ありがとう。」

 彼が、私に微笑む。ライトブラウンの髪を揺らして。

「いっや、可愛すぎんだろ。」

「へぇっ⁉」

 ……あ、やっべ。

 声に出しちゃった。

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