2話 大事な友達
陽楠市は緑に囲まれた地方都市だ。市庁のある中心地はそれなりに開けているが、そこから離れれば離れるほど辺鄙な田舎めいてくる。
住宅地の多くは、もちろん平野に作られているが、小高い山を切り開いて家屋を並べたような場所も少なくはなく、高低差は至るところにあった。
杉田の暮らす森山三丁目は、とくにのどかな場所で、家屋は山の裾をなぞるように横並びになっている。
ポチが住処にしているのは、そこからさらに山側に進んだ場所とのことだった。
案内役の杉田に先導されながら、地球防衛部の三人は鬱蒼とした林の小道を進んでいく。
道は荒れていたが、歩きにくいというほどでもなく、それなりに人の出入りはあるようだ。
「この山にはカブトムシとかでっかいクワガタが居て、ガキの頃から俺の遊び場だったんだ」
杉田は当時に思いを馳せるかのよううに、どこか遠い目で語る。
「初めてポチに会ったのも、その頃だった。あの頃の俺は学校でいじめられていて、放課後になると逃げ込むように、この山へと入っていったんだ」
「つまり、この辺はお前にとっちゃ庭みたいなものってことだな」
「そうだな。ガキの頃はいろいろ持ち込んで秘密基地にしていたよ」
「秘密基地!」
鉄奈が目を輝かせる。どうやらこの娘は、この手のワードが好みのようだ。だから柳崎とも気が合うんだろう。杉田はそう考えたが、鉄奈はそれでいいとして、姉のほうはどうして、こんな部に入ったのだろうか? それを疑問に思う。
美剣鋼は杉田や柳崎と同じ二年生。学校でも群を抜いて小柄な少女で、ほとんど小学生にしか見えない背丈だ。ランドセルに縦笛とかが、すごく似合いそうである。
失礼だとは思うが、横目で見たところ胸もあまりなさそうだ。腰がくびれているようなので、いわゆる幼女体型ではなさそうだが、彼女を相手にこういうことを考えるのは、やはり余計な背徳感を感じてしまう。
ただし、鋼の表情は同世代の女子に比べると、その見た目に反して大人びて見える。実際、テストの成績も良いし、聡明なことは疑いない。
一方、妹の美剣鉄奈は言うまでもなくピカピカの高校一年生だ。こちらも小柄だったが、中学生程度には見える。顔立ちは鋼とよく似た美人で、姉と違ってスタイルもいい。
ただし、そこに浮かんでいる表情は姉とは対照的に実に子供っぽい。それは裏を返せば純真ということなのだろう。無垢な瞳を杉田に向けると明るい笑みを浮かべて訊いてくる。
「ポチとあなたは友達だったの?」
「友達か……。そうだな。少なくとも俺にとってはポチは大事な友達だった」
歩みを止めることなく杉田は続ける。足下には落ち葉が堆積しており、一同の足音を規則正しく響かせていた。
「初めて会ったのは十二月に近い寒い日だった。俺はコロコロに厚着していたからまだよかったが、あいつは寒さに震えていたよ」
過去を懐かしむように語る。杉田の脳裏には、その頃の情景が映し出されていた。
「最初はコートをかけてやろうかと思ったんだが、近づこうとすると嫌がるから、とりあえず俺は自分が持っていたパンをやることにしたんだ」
「なるほど、餌付けだね」
「いや、そんな発想はなかったけどな」
鉄奈の言葉に苦笑するが、行動を見ればそれ以外の何ものでもない。内心で認めつつ続ける。
「とにかくポチの奴は食べ物にはすぐに食いついてな。それからだよ。俺が毎日エサを持って行くと、名前を呼ぶまでもなく林の奥から顔を覗かせるようになったんだ」
「なるほどねー。動物とはあんまりつき合いがないから、今ひとつピンと来ないけど、仲が良さそうな感じは伝わってくるよ」
「ペットを飼ったことはないのか?」
「残念ながら。ワンちゃんはかわいいと思うんだけどね」
「そうだな、犬はいいぞ。最初に飼うなら、まず犬がオススメだ」
杉田が鉄奈に勧めると、後ろから柳崎が口を挟んでくる。
「ペットなんざわざわざ飼わなくても、今から捕まえに行くところだろ」
「柳崎、お前まさかポチを飼うつもりなのか?」
驚く杉田だったが、柳崎はさも当然と言った顔をする。
「他にどうすると思ったんだ? お前だってまさか友達を退治されたくはないだろ?」
「それはそうだが、あいつは牛だって噛み殺すような猛獣だぞ」
「鎖に繋いでおけば、とりあえず被害は出なくなるさ。あとはそれから、餌付けするなり拳で語り合うなりして、ゆっくり仲良くなっていけばいい」
「餌付けはともかく拳で語り合うのは無理かと……」
鋼のツッコミはもっともだったが、柳崎はとくに気にしない。
「幸い部室棟の横に動物を飼うのに適した広場があるから、そこを使わせてもらおうと思う。もちろん、そのままだと近づく奴が居るかもしれねえから、適当に柵でも作っておけばそれで良かろう」
「そりゃあ、俺だってポチとは別れたくないが、許可が下りるだろうか?」
「まあ、まずは捕まえるのが先決だがな」
そう言って柳崎はどこから持ってきたのか、金色の虫取り網を高々と掲げて見せた。
「いや、虫じゃねえし……」
「ふふん。まあ、見てろって」
いったい何を考えているのか、杉田のツッコミにも動じず、柳崎は不敵な笑みを浮かべるだけだった。
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