1話 ワイルドなポチ

柳崎りゅうざき、お前をヒーローと見込んで頼みがある」

「どうしたよ、杉田? いきなりあらたまって。何か困っているなら遠慮せずに言えよ。俺とお前の仲じゃねえか」


 私立陽楠ようなん学園の名物男――柳崎だんは、ぜんぜん親しくないクラスメイトに気さくな笑みを向けた。

 きりりと引き締まった顔立ち、太い眉、力強い眼差し、不自然に跳ね上がった髪型、広い肩幅と厚い胸板。そして日頃からデフォルトになっている不敵な笑みは、巨大ロボットのパイロットか変身ヒーローを連想させる。

 正義の味方を自称する、この名物男は、どうしてそんなものが認可されているのかと誰もが首を傾げる「地球防衛部」の部長だった。

 もっとも今年はとうとう部員不足で廃部の危機にあるらしい。無駄に伝統があるのが不思議だったが、学園のOBである先輩たちから「本当に困ったことがあったなら、その部の扉を叩け」などと言われたことを考えると、少なからず人助けには貢献しているのかもしれない。

 まさかその名のとおり、怪獣や宇宙人と戦っているとは思えないが。

 とにかく杉田と呼ばれた少年は、藁にもすがる思いで、この珍妙な部へと足を踏み入れていた。


「どこが珍妙よっ」


 部室に居たピンク髪の一年生が突然そんなことを言ってきたので、さすがに杉田はぎょっとした。考えていることが口から漏れていたのか? そんな記憶はないが……。

 などと考えていると、真面目なはずなのに、なぜかこの部に所属している小学生のように小柄な女生徒――B組の美剣みつるぎはがね――がピンク髪にたしなめるように言った。


「いけませんよ、鉄奈てつな。無闇に人の心を覗いたりしては。それは人道に反しますし、何よりわたし達が超能力者であることが相手に知られてしまいます」

「ちぇっ。しかたない……読まなかったことにしてあげるわ」

「……ありがとう」


 とりあえず礼を言った後で杉田は慌ててまくし立てた。


「いやいやいや、そうじゃなくて! 超能力者ってなんだよ!?」

「決まってるだろ、杉田? 超能力者っていうのは超能力を使う人間のことさ」

「んなこと聞いてねえよ! この文明社会に、そんなオカルトが存在するわけないだろ!?」

「そうそう、ただの中二病だから気にしないで」


 やや投げやりにピンク髪――鉄奈という名前らしい――が言うが、それは杉田をただ戸惑わせるだけだ。


「中二病?」

「あれ? この時代にはまだない言葉だっけ?」

「この時代ってなんだ!? 今度はまさか未来人とか言うつもりじゃないだろうな!?」

「い、言わない言わない」


 杉田の剣幕に鉄奈はたじろぐように後ずさる。

 そんな彼に柳崎がマイペースに告げる。


「落ち着け、杉田。隊員への詮索はなしだ。それよりも、お前の頼みごとってのはなんだ? 地球の危機なら、こんなところで駄弁ってる時間も惜しいが?」


 地球の危機などそうそうあるものではないし、あったら困るし、もしあったとしても、その場合、こんな田舎の学校の珍妙な部活が対処できるはずあるまい。

 そう思いはしたが口に出すことはなく、杉田は素直に自分の用件を告げることにした。

 ピンク髪のことはもちろん気になったが、心を読まれたと感じたのは、やはり気のせいだろう。


「実は、俺の家の近所に住み着いているポチをなんとかして欲しいんだ」

「ポチ?」

「名前はかわいらしいが……いや、実際小さな頃はかわいらしかったんだが、最近どんどんデカくなってきていて、獰猛さが増してきているんだ」


 沈痛な面持ちで杉田は続ける。


「たぶん、元は誰かのペットだったんだと思う。それが捨てられるか何かで野生化して、この間はとうとう農家の牛が噛み殺されちまった」

「牛って、あのでっかい牛?」


 驚く鉄奈に杉田が頷く。


「そうだ、七百キロはありそうなオトナの牛さ」

「えらくワイルドなポチね……」


 鉄奈の頭の中には白くて「キャンキャン」吠えるかわいらしい動物が浮かんでいるようだ。そんな妹に鋼は冷静に指摘する。


「鉄奈、ポチが小型犬とは限りませんよ」

「おお、なるほど」


 ポンと手を打つ鉄奈。大型犬でも子犬の頃は小さいのが当たり前だ。あの秋田犬も小さい頃はかわいらしいと聞いたことがある。


「俺もあんなにデカくなるとは思わなかったから、勝手にポチって名づけたんだ。子供の頃は俺に懐いてて、よくエサをやったものだが、今は近づこうとしても威嚇されちまう。ヘタをすれば、こっちがガブリとやられそうな感じでな……」


 寂しげな杉田の顔を見ながら柳崎は腕を組んで考える仕草をした。


「ふむ、確かに家畜を襲うってのは問題だな」


 牛のような大型の動物を噛み殺せるなら、人間だって危ないだろう。


「正直なところ、こういうのは俺たちの仕事じゃない気もするが、学友の頼みとあっちゃ無碍にはできねえ……よし!」


 大きく頷くと柳崎は立ち上がって告げる。


「わかったぜ、杉田。ポチのことは俺たちに任せておけ。なに、悪いようにはしないさ」


 自信に満ちた頼もしい表情で歯を輝かせる柳崎。

 実のところあまり期待していなかった杉田は、このあとの結果もあまり期待していなかったが、とりあえずは少しだけ感動して、相手が喜びそうな形で礼を言うことにした。


「ありがとう、柳崎。やはりお前は俺の見込んだ男だ」

「おうっ、大船に乗ったつもりでいてくれ」


 その大船の名前が「タイタニック」とかだったらイヤだなぁと思いつつも、顔には出さずに杉田は頷いた。

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