第57話 番外編・行き場のない想い

 side弥桜


 なんとなく、仕事に向き合うのが嫌になった。濡羽のようにありのままに接する人間と出会うと自分がどれだけ偽りの愛を囁いているかを叩きつけられたように思うから。


 こういうときに、彼奴は普通に未読スルーをする女である。指摘すれば、律儀に見るので悪意はない。


 それでも、また自分に嘘をついてでも客に愛を囁く。いつか自分のおひいさまが迎えに来てくれることを願って。


 今はただ、整理すらつかぬ想いに名がつくまで待っている。



 side濡羽


 ※バイトについては98話、108話をどうぞ!


 え、何この人。そんな気持ちが拭えない。バイト先の先輩たちと打ち上げをしたは良い。


 でもバイトに一生懸命な先輩。なんで計算をずっとしてるんでしょう。レシートしか見てない。


「この先輩とデートしたら100年の恋も冷めますね……」


 嘘です、私の気持ちが冷めました。他の先輩たちが爆笑している。え、レシートを愛してるの? 空気は読んで欲しかった。


 2個上の先輩は黒フードをかぶってイヤホンをつけて漫画を読んでいる。皆さん打ち上げをご存じないのかしら。


 でも、私は先輩たちとこのバイト先が大好き。仲の良い女子の先輩2人と、男子の先輩2人。私がここのことを忘れられることはないだろうな。




 side紗羅


 この旅もそろそろ終わりを迎える。私の、念願の旅。死ぬ訳じゃあないけれど、これを機に濡羽を自分で歩かせてみた方がいい。


 近頃、殺気を感じることが多かった。逃げた、私は。濡羽を置いて。でもそれは彼女に必要なことだから仕方がない。


 ……そうだよね? 今は亡き兄貴分と師匠に語りかける。あの娘を強くしてあげなければ。追い込んでやらなければ。


 きっと運命を打破し得ない。


 私を庇った彼らのように失うことを無くすためにも、彼女自身のためにも。


 遠くで案じていることしかできない。



 side炬羽


 しくじった。なんの躊躇いもなく、外で出されたお茶なんて飲むもんじゃない。


 普通に買ったカフェのドリンクに毒が入ってるとは誰も思わない。1口で異変を感じたのは訓練のおかげとしか言えない。


 急いで濡羽のところに向かっても、30分はかかる。でも行くしかないだろう。


 私は、姉なのに。あの娘よりも劣っている。何故だかそんな言葉が脳裏を埋め尽くす。追い詰められた人間は自分を責めるらしい。


 でも、犂柘くんは私を選ぶと言った。それひとつで私は死ねなくなった。イラついて手に持った瓶を叩きつける。


 不思議と軽くなった身体はまっすぐに進み続ける。

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