第56話 男娼と友達ができない男と、死の姫
お姉さまが帰って、すぐに少年がやってきた。
「お兄さまがいらっしゃいました」
「あぁ、そうそう。これ連絡先ね。弥桜にも渡してるけど、良ければ連絡してよ」
少女にしては珍しいねっとりと甘い声音。ショタコンではない、断じて。でも、綺麗な子は好きだ。男女問わず。恋愛を持ち込まないから。
「濡羽。お客様が先」
「弥桜が私を呼ぶのは初めて、か……。嬉しいとか全然ないわ」
「黙って」
また、絵画めいた作りものの顔を張り付ける。白い
入ってきた男はスーツ姿の若い男性。筋肉がほどよくついており、何故か艶めかしくこちらを誘っているかのような雰囲気が漂っている。
何て言うんだろう、豊満な身体つきの女性がパツパツではち切れそうなトレーニングウェアを着て汗を流しているような。
変なお客。身体は売ってくれないのに。否、男娼本来の客はこちらなので、変ではないかもしれない。
「そ、そちらのお嬢さんが……?」
「はい、申し遅れました。濡羽と申します」
今日の格好は薄着と言えど、いつもの黒いタイトワンピースしか着ていないだけだ。
「よ、よろしくお願いします……」
コミュ障だろうか。何だか嫌な感じだなぁ、と思っていると先手を打たれた。
「うぉっ!?」
咄嗟に飛び退くとスカートの裾が掴まれたのか破れている。
「僕と弥桜さんの時間を邪魔するな……!」
「え? 怖い、怖いって!」
「舌噛むよ」
弥桜を姫抱きにして2階の窓から飛び降りる。着地すると濃紺に染めた左右の髪を右でサイドテールに纏めた女性がいる。
「如、あとは頼むよ」
「濡羽さま、御武運を!」
「ありがとよ」
追ってきたスーツ姿の男。迷いなく銃で撃ち抜く。効いていないようだけれど。面倒だわ。何処から出したかわからない、豪奢な鎌。
「火衣爛か……」
「そう。私の気に入り」
なんか、強い。当たってるはずなんだけど。妖術師かな? 駄目だ、飽きた。大して強くない敵に時間を割くのはやだな。
火衣爛を放り、跳ぶと頭を掴んで捥ぐように引っ張る。べちゃあ、と血が私を包む。
「ただいまー」
「あぁ、濡羽先刻はありがと……って血!?」
「あのメンヘラ、客だけど殺しちゃった」
「お代。何がいいの」
弥桜がバツの悪そうな顔をしている。
「血をくださいな」
「血か……血、血。いいけど何するの?」
「飲ませて」
風呂に入ると、綺麗に髪を乾かす。首にかぷり、と噛みつく。八重歯が食い込むと血が溢れる。
「んっ」
痛いらしい。
でも、血が美味しい。吸血姫みたいだな、とぼんやりした頭で考える。お礼くらい貰わなきゃ、命の恩人だもの。
この吸血騒動は友人らに衝撃を与えたとか、ないとか。
この事件を経て、✕✕✕✕✕は確信した。濡羽は才能を持つ、と。
濡羽には
彼女の姉、炬羽は才能を持つものではない。
それでも、彼女の姉というだけで興味が湧く。駛瑪濡羽━━━━もとい
少しだけ、澪綾の由来がわかる気がする。捨てられた娘は澪羽の名を捨て、豪奢な着物で自身を偽る。
まことに妓女らしき姿じゃあないか、と彼女も思ったことだろう。
闇に生き、闇に咲く。死に際に咲く、血紅の花を夢想する。
その頃、濡羽。
「最近嫌な感じがするねー」
「そうでしょうか?」
深如が不思議そうに首をかしげる。
「そうだよ。いきなり師匠は長年の夢だから、と旅に出た。変な抗争も多いし、私に喧嘩を売る奴も増えた。唐突すぎるんだ、あまりにも」
「考えすぎな気もしますけどね」
沓耙はいつも通りだ。
「こういう時のために持っておいてよかったよ、ほんとに」
薄い刀を取り出したと思えば蠱毒・灰塵、火衣爛に鉄扇、メス。様々なものが手品のように出てくる。
「何処にしまってるんです、それ……」
椥がにゅっと出てきて背中にはりつく。
「濡羽さまは手品師ですかねー?」
庚がアイスを出しながら言う。
「あ、私抹茶ー」
あー、と口を開けると抹茶の棒アイスを口にいれてくれる。そろそろ春が香り出す、この暖かさはアイスを食べるに適している!
比較的どうでもよいことを考えていると、比較的どうでもよくない患者がやってきた。
「
瀕死に近い様子の姉は入ってくるなり倒れこむ。なんでここまで来られるんだろ、すご。
毒を盛られたな。
取り合えず、0.9%の塩水を飲ませて吐き気を促す。あとは安静にさせて排泄を促すことくらいしかできない。
姉にこんな真似ができるような人物を、私は知らない。正確には、知っていても候補にあがるような人物が思い当たらない。
身内、か…………心地よくはない。人を庇っていたといえ、私が遅れをとった相手。当然ながら限られてくる。
まず、武学の師にしてロンペル頭領・茉仁荼。絡みつくような顔に似合わず嫌な攻撃をしてくる。
そして、コシュマール首領・透螺。芸術家のように
前コシュマール首領・魅空さま。あり得ないけれど、一応だ。歴戦の彼女が持つ手数の多さにはいつも驚かされる。
裏社会の一輪花と謳われた、紗羅師匠。この人もまた、あり得ない。というか万が一そんなことがあれば手に負えない。
あと、コシュマール三大幹部紅玉・玲朱くらいだろうか。吸収力には目を見張るものがあり、あり得ないともいえない。
他にいるとしたら。それは化物に違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます