第9話 番外編・彼女に似合う花・妓女澪綾

ねえさんってなんの花が似合うんだろうな」


 そんなことを言い出したのは意外にも釉翡だった。大方、自分以外の話を聞いて笑う算段なのだろう。


「ストック、とかじゃないですか?」


「永遠の美、愛情の絆、求愛ねぇ……いい趣味してるじゃん」


「聞いておいて何なんですか?」


 茉仁荼がキレている。怖い(笑)。


「白のアルストロメリア」


「瑠禾ちゃん、可愛ッ。凛々しい美しさ…似うねぇ、姐さん」


 フル無視された。


「ハーデンベルギアだと思う」


「壮麗、運命的な出会い、広い心、思いやり。そんな風に思ってたとは意外だよ」


 達也は黙り込み、赤くなる。図星らしい。


「ラナンキュラスじゃない?」


 達也弟、女装してるらしい連斗が答える。


「達也弟って華やかな美人、好きなんだ?」


「俺が誰を好きでも関係ないだろ」

 ふい、とそっぽをむく。


「俺は、薄紅のマーガレット。彼女、似合うだろ?」


 五人で姐たる彼女を想う花を語り合った。


「……なんてことがあったんだよ」


「ありがと、釉翡は優しいと思う」

 花が綻ぶような微笑み。


「世話になってんからな」

 彼は、笑い返した。


 これは濡羽が澪綾レイリンとして妓楼に潜んでいた際の余談である━━━━━。


 あまり客がつかないのはおかしいが、ついて夜を貸すことになるのも困る。なのであらかじめ作戦が練られた。瑠禾、連斗は論外として達也は裕福に見えないし、茉仁荼は顔が売れすぎている。そこで選ばれたのがいい加減で軽薄そうな釉翡である。かくして彼は妓楼を訪れた。


 無事に澪綾のもとまで通される。


「お待ちしておりました。旦那さま」


 頭を下げると同時にいくつも挿されたかんざしがしゃらり、と鳴る。美しい白藍びゃくらんの着物。濃紺の帯には銀糸で花が縫われている。胸元は大きくはだけ、彼女の陶磁器アラバスタの肌を晒していた。いつもと違うのは黒く染めた長髪だけ。


「綺麗だね、ねえさん」


 圧倒されたように呟いた。妓女とはそういう仕事である。


「星でも降るかな」

 少女が微笑む。


「釉翡、ちょっとお相手願うよ」


 ふい、と顔を背ける釉翡を気にも留めずに帯をほどいた。


「見せかけは大切、だろ?」

 彼女は躊躇いがない。


「でも一見いちげんに夜は貸さないんじゃねえの、中級妓女さまは」


 それもそうかも、と脱ぎかけた着物を着直した。その際に彼女の下着姿が見えたのは他の者には秘密である。


「姐さん、見えてる」


「だからなに?」


 真顔で言う。やはり少女は強者だ。釉翡が考えているうちに禿かむろがやってくる。


「それでは旦那さま」


 一礼する澪綾。


「また来る」


 妓楼の外から彼女の部屋を見ていると。ひらひら手を振る少女が見えた。


「やっぱ姐さんには敵わねえや」


 嬉しそうにも、羨望にも聞こえる呟きは花街の綺羅綺羅しい夜の隅で烏珠ぬばたまに溶けた━━。

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