第68話 義弟と弟子
三者面談。学生が年に数回行うあれだ。保護者と子供、そして教師。
何故か組み合せが紗羅(義姉、師匠)・濡羽(弟子)・苓(義弟)の3人だ。
「えー、本日はお越しいただきありがとうございます」
濡羽のその挨拶で始まった。
「え、診察?」
無表情に目を死なせた少女に、冷静に突っ込む紗羅。ろくに返事もしないうちに伊達眼鏡をくいっと持ち上げる。
「苓さん、最近お義姉さんはどうですか?」
「何か隠している様子ですね。濡羽嬢のところで変わったところ等ありませんか?」
「同じような感じです」
「私が生徒っぽくなってるんだけど……」
気まずそうにしている。私たちだって好きでやっている訳じゃない。最近どうにも隠し事が多いのでやってみただけだ。
「師匠に何て言うか決めてないんだけど」
「俺もです。どうしましょう?」
こてん、と可愛らしく首をかしげる成人男性。流石にキツいものがある━━━━のが普通だが何故だか愛らしい。
容姿が良いから仕方ない。若々しいし。結局はそこなのだ。
いくら可愛らしい仕草をしたところで、でっぷりとした中年男では誰しも気色悪いと感じると思う。そうに違いない。
まぁ、私だって歳を取るわけだからあんまり色々と言うのは野暮だけれど。
「2人は何がしたいの?」
不審げにこちらを見つめつつ、カオニャオ・マムアンというタイデザードを食べている。
あの旅以降、紗羅のタイ料理好きは拍車をかけている。他国の料理にも興味があるとか。最近は特にココナッツ系がアツいらしい。
話は戻るが、カオニャオ・マムアンはココナッツミルクを吸わせたもち米の上に生のマンゴーを乗せたデザートだ。
私もそこそこ気に入っているので度々登場している。甘味に目がない椥もお気に召したようで、もち米を使った菓子を開発している。
「師匠こそ何を? あんなパーティーまで開いて、苓さんを紹介して」
「それは内緒」
『えー』
思わず声が重なってしまった。この人の勝手には散々付き合わされて慣れたと思っていたが、勘違いだったようだ。
「義姉はもう駄目です。放置しましょう、濡羽嬢」
「苓さんがそう言うんだったら」
「2人って付き合ってる?」
「は? 気持ち悪いこと言わないでよ」
「義姉さん、流石にちょっと……」
「距離感近いし、ねぇ?」
紗羅はなんとなく不満そうにそう反論した。苓さんもそれはないと言いたげにしている。相手が不足とか、そういう問題じゃあないのだ。
好きか嫌いか、ではなく結婚して一緒にいられるかどうかだ。そこを履き違えると離婚への道を辿ることになる。
まぁ、それは置いておいて。
結局原因はわからずじまい。こういう場合、どうするのが正解か。知り合いの探偵もどきさんにご連絡だ。
彼女は答えてくれる。例え、常人には到底想像のつかないことでも。如何にも面倒そうに、端的に。誰より正確に。
なんやかんやと世話になっている彼女にはまたお礼を弾まなければならない。金よりも情報の方が喜ばれるかも。用意しておこう。
「じゃあ、私はこの後仕事だから」
濡羽が立ち去った後、苓は一口菓子を食んで口を開いた。
「濡羽嬢はいい子ですね」
「私が育てたんだから当然でしょう」
どやぁ、と自慢げに胸を張る義姉に義弟はやれやれと首を振った。あの娘は義姉の残念なところも似てしまっている。
「ところで……濡羽嬢のこと、男を侍らせた高慢なる姫って聞いてたんですけど」
「誰だよ、そんなこと言った奴は」
「カミサマ」
拍子抜けした様子で紗羅は何それ、と呟いた。カミサマ。額面通りに受け取れば、それは"神様"ということとなる。
「宗教の教祖か何か?」
「惜しいです。カミサマは紛れもなくカミサマですからね」
面白そうに、恋愛マスター(詐欺師)は語る。
一方、濡羽は依頼に励む。
本日の暗殺対象。4回組織を裏切った頭のおかしい人だ。1つ目がコシュマール、2つ目がアリーティア、3つ目が名無し組織、4つ目がロンペル。
「いい加減に指詰めろよ」
ぽい、と動けなくなった女にナイフを投げ渡した。
「4本で許してあげる」
私の友達も侮辱されたらしいじゃない? と首を傾げてみせる。
がたがた震えているのは少しばかり、否、滅茶苦茶面白い。
「指、詰めない?」
こくこく頷いている。
「残念。そんなこともできない愚図はいらない」
指は私が切ってあげた。首斬り役人のように苦しまぬように、なんてしてやらない。敢えて助からない割に即死しない場所を狙った。
「カミサマが……こんな真似……許さない、わ」
「神様?」
事切れた、のだろうか。先程まで全く気にならなかった彼女のネックレスが目についた。
Aを象ったようだ。複雑な紋様ではあるが、全く知らないかといえばそれは違う。
不思議と既視感のある、そんな紋様が。
世にも愉快なカミサマへ繋がるものだった。
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