第67話 波涅紗羅のパーティー
これは彼女のパーティーだ。一体何のパーティーなのかを知る者はいないが。
絢爛豪華に飾り付けられた会場に、贅沢な料理の数々。いつもの師匠が望まない金の使い方。
少女はそれを瞳に映して、そっとバルコニーに出る。気持ちが悪い香水の匂いに嫌気が差して。
「あの人、何考えてるんだろ……」
ぼーっと杯を傾ける。美味しいはずの高級酒なのに、全く味がしない。
こういう半端な心持ちは嫌いだ。誰か、どうにかしてくれないものか。
高そうなバルコニーの下には庭園が広がっていた。咲き誇る色とりどりの
まぁ、人工香料に比べればマシな香りだ。
珍しく師匠に着させられたAラインのフリフリドレス。色も
ふと、月夜に髪を横に流した男の顔が浮かび上がった。
「今日の主役が抜けてどうするの、苓さん」
「貴女も主役でしょうに」
「こんなに鬱陶しい主役、私なら蹴り飛ばしてるよ」
軽口を叩いて、笑った。紗羅の思惑は私にも、義弟である彼にも慮れない。
遠くから、灰緑のドレスと白髪が見えた。怖いわけではない。ずっと、私が追った背中だから。
「ねぇ、濡羽嬢は義姉さんの考えていることがわかりますか?」
「逆に苓さんはわかりますか?」
「わかりません。でも、本人以外誰も知らないことを周囲が気負う必要はないと思いますよ。俺も貴女も。彼女のために」
「でもこちらとしては気分がよくない。違う?」
「そうですねぇ」
「私は帰るけど、苓さんは?」
くす、と笑って一礼された。
「俺は主役らしいので、義姉に帰してもらえそうにありません」
「では、お互い」
カラン、とグラスがぶつかる音が響く。
『頑張りましょう』
苓さんは私を
自宅に戻っても、ため息ばかりで阿呆みたい。別に知りたいとも違うけれど、教える価値も無いのかと苛立つような気持ちだ。
そう、まるで恋のような。
あっちの方が甘ったるくて重いことは間違いない。クリームよりも甘くて重い。
「濡羽さま、早いですね」
如が出迎えてくれる。ろくに料理も食べられなかった私のために夕飯を温めてくれた。
「桗姫さんと彗さんが濡羽さまを待つと言ってそのまま寝やがりました」
「どこで?」
「濡羽さまの寝室の隣です」
双子の考えていることは紗羅に比べて簡単だ。
「既成事実作りに来てるだろ、彼奴ら」
「ちなみに彼らと既成事実を作っているのは今のところ椥ですね。同じ部屋にいます」
思わず吹いてしまった。爆笑していたらお茶が変なところに入ってしまった。
「沓耙は暇してそうだから起こしてきて」
「酷くないっすか?」
「今度から沓耙の
「行ってきまーす」
調子の良い奴だ。その割には私のことを立ててくれているとは思うけれど。
そういうところが良さでもある。
深如は1番忠実な代わりに
庚は真面目で素直。その分周囲の影響を受けやすいし、力量的に上である深如に流される。
椥はマイペースで自分がある。彼なりに私を大切には想ってくれているから何かあれば無茶をするだろう。
沓耙は私を大切に想ってくれている。それでもどこか線引きをしており、達観している。自分以外が取り乱せば乱すほど冷静になるに違いない。
「おはよ、濡羽」
「会いたかったよ」
「久しぶり、でもないか。何用で?」
桗姫主導らしく、彗はぽやんと寝惚けている。
「もちろん、既成事実を作ろうかと」
「具体的には?」
「一晩、ここで過ごして濡羽がどっぷり寝たところで身体を借りる」
「誰が借すかよ」
面白いことを思い付くなぁ、と他人事に思う。なんだか乙女ゲームみたい。
幼なじみが急に泊まりに来て実は好きだった、的に告白されて無理矢理抱かれる系の。
いや、これはただの官能小説だ。良くない話はぽいっと捨てておこう。
「うーむ、予想通り断られたけどどうする?」
「謝りなよ」
桗姫と彗が丸聞こえなのにひそひそと話している。もっと別の、可愛くて素直な感じの。この手の話で恥じながらも興味を持つような。
そんな娘を本妻に迎えればいいのに、と思ったりするが世の中そんなに出来た女ばかりじゃないと知っているだけに色々言えない。
「別に泊まっていくのはいいけど。私、寝てる間に触られるの嫌いだから暴れるんだよ。平気?」
2人はさあっと青ざめている。私の"暴れる"それがどういうことかをきちんと理解したらしい。
「そろそろ俺たち、帰る」
「またおいで」
ひらひら手を振るとげっそりしている桗姫の代わりに彗が手を振ってくれていた。
「彼奴は懲りないなぁ」
「私は濡羽さまが幸せならなんでもいいですよ」
「俺より先に結婚しないでくださいよ」
「庚とそういう感じになったわけ?」
軽ーく、気まずくならない程度に聞いてみる。すーっと視線を外している。
「いや、別に……男色とかじゃないし……好きとかそんな……」
「あー、ごめん」
そこの辺りは繊細そうなのでそこまで深入りしないでおくのが主としてのせめてもの務めである。
まだ、自分が自分でわからなくとも。
わかってくれる人がいるのは幸せだ。
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