第65話 恋愛マスター(詐欺師)とダンスレッスン

 ダンスレッスン。私はそんなに好きじゃない。ハイヒールでぐるぐる回ったりしても楽しさが今一つ理解できないからだ。


 紗羅の帰宅後の爆弾はひとつでは済まない。


 まず1つ目、苓義弟発言。母方の姓を名乗っているから名字が違うらしい。


 2つ目は、今度の会合のパートナーに苓をつけるとのこと。全くその辺りの知識が足りていないので、私が教える羽目に。


「レッスン料は1時間8000円となっております」


「濡羽嬢、それはやりすぎでは?」


 濡羽嬢って呼ぶ人は少ないから珍しいな、と思うが、関係性を考えると妥当なところだ。師匠がそこそこ可愛がっていた義弟と、愛弟子。


 私は苓さん、彼は濡羽嬢と呼ぶ。なんだか珍しくて楽しい。


「貴方の占いの方がぼったくりでしょうよ」


「いえ、調査代含めなので」


 このひと、変わり種で面白い。茉仁荼と同じで敬語を使う割に抜ける時が優しい。ぼったくりの詐欺師な割に。


「ダンスの経験は?」


「ないです」


 清々しいほどに輝いた笑顔。ダンス、と言っても社交界の貴族では無いのだからある程度踊れればOKだ。


「まず、簡単に踊るから見てて」


 召喚した庚と踊って見せる。男子3人の中で1番料理洗濯なんでもできるのが庚という男だ。


 ちなみに椥は料理が、沓耙はダンスが出来ない。如は濡羽さまのため! と己を奮い立たせ、全てをマスターした凄い娘だ。


「わかった?」


「いえ、全く」


「苓さん、ダンス向いてないと思うよ」


「義姉さんの頼みですので頑張ります」


「3日で仕上げる。できるね?」


「濡羽嬢はもう少し他人の速度に合わせようよ」


「会合は5日後。初めてなんだから色々覚えるに決まってるでしょ」


 がっくりと項垂れている苓さんを尻目に、ダンスの練習を開始する。思ったより上手く踊れるのはいいが、力が強い。


「苓さん、これじゃあ女の子が怪我をする」


「そんなに力は入れてないんですけど……何故でしょう」


 小首を傾げても可愛くない……ことはないけどそうじゃないでしょ、普通に考えて力は強い。


「じゃあ、子犬を抱くように女の子に触れてください」


 良い感じだけど、子犬の方が女の子より優しくする相手なのか。とても共感できる人材。大事にせねば。


「中々良く踊れている。及第点」


 2日目のレッスン中盤。早くも及第点を獲得。


「ありがとうございます。次は?」


 一々仕草が可愛らしい。25とは思えない。下手をしたら私より可愛い。羨ましい。実は、も何もなく可愛い子には目が無い私としては眺めていられて嬉しいが。


「えーと、そんなに見るほどですか?」


「とても可愛い」


 可愛いは凄い。見ているだけで楽しい。


「喜べないなぁ、25歳の男としては」


 苦笑されても事実は変わらない。


「いえ、喜んでくださいませ。こんなに可愛い年下に愛されているんだから」


 ぱちん、と茶目っ気たっぷりにウィンクして見せればますます苦笑いされる。


「濡羽嬢は困った子ですね」


 頭を撫でられる。全然困っていなそうな彼の表情に少女は見惚れることもなく、ぷにっと頬をつまんだ。


「苓さん、次は顔と名前を覚えてください」


 ずらっと100人ほどの顔と名前が並ぶ。名家自体は武の名家、つまり狄盧・硨畔・瓈由比・駛瑪の四家に加えて他にも十数家。


 その当主、奥方、子息の3人をかけると60。分家はある家ない家あるが、半分の10家ほどにあると考えて40。


 大体こんな感じだ。分家は実際廃れてきているので少し盛っている。後は婚約者、兄妹などの連れだろう。


「頑張ってください。後は根性です。師匠の為、全て覚えるようにね」


「濡羽嬢は覚えて……?」


「ない。でも家格が上だし、実力的にも口は挟めないでしょ」


 正式に駛瑪の名を名乗ることはできぬ筈だが、現・当主が認めているので一応はOKだ。


 恨めしげにじとーっと見てくる。師匠の入れ知恵で口にえいっ、と好物のグミを突っ込む。機嫌が直ったようで何より。


「ぐっ。卑怯者め……」


 言ってはいるものの、グミを食べながら、しかも言い方だって怖くない。


 必死に努力するのは義姉のため、か。義姉━━紗羅のことが好きなのか? 全くわからないので思考を放棄。


 彼が暗記を進める間、暇なので昼食を。適当に豚の塊を分厚く切り、にんにくを効かせる。唐辛子やガラムマサラを揉み混んだ後は米粉を薄くまぶして油の中へ放り込む。


 揚がったら油をキッチンペーパーに吸わせて香り付けのハーブを散らす。


 炊き上がった白米と、箸休めに小松菜のおひたしを盛り合わせる。これでも料理は得意な方だ。


「昼、食べてから続きやれば?」


「濡羽嬢は料理、できるんですね」


 意外そうにこちらをじぃっと見てくる。不快なものでも無いが、そんなに不器用に思われるのは心外だ。


「不器用に見える?」


「いえ。昔、義姉さんが苦手だったので」


 茉仁荼、苓。他にも多くの人の心に"紗羅"、師匠は刻まれている。本人にも、刻まれた側にも実感があるかはわからないが。


 何にせよ、我が師匠は偉大である。

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