第64話 お手並み拝見

 家に招いたは良いものの、この男はよくわからない。


「恋愛マスターってそもそも何です?」


 緑茶と桜餅を出して、首をかしげる。桜餅を頬張りながら彼━━━━古澤苓こざわりょうは語る。


「恥ずかしい呼び名なので名前で。占いのようなものでして、相手がどんな状態で何を言ったら成就するか……アドバイスをさせて貰っています」


「へぇ。なんでも、凄く精度が良いとか」


「それは悩んでいる方が知る限りの情報を言ってくださるからですよ」


「私は語ることをしません。質問には答えます。それでアドバイスができたら最早超能力に近しいと、噂が流れることだろう。ちょっと付き合わない? 私の戯れ言に」


「お相手願います」


「一回いくら?」


「1万2000円です」


「詐欺師め」


「今回は噂代です。半分でいいですよ」


 なんだろう、凄く胡散臭く見えてきた。ヤバい奴じゃない、こいつ。


「早速、お相手の年齢は?」


「2個上」


「どんな人柄ですか?」


「優しくて芯があるひと」


「好きなタイプは?」


「それ、聞いたらマスターも何もなくない?」


「いいですから」


「タイプはないらしい。髪は敢えて言うならロング」


「お相手の方に激しいアプローチは良くないかと思います。意外に面倒臭がりな方ではないでしょうか」


「他は?」


「両想いの可能性は低そうです。相手の方が濡羽さんを好きになるとしたら、同じ趣味や仕事だったりに懸命に取り組む姿だと思います」


「…………当たってる」


「ありがとうございます」


 逆に気味が悪い。教えていないのに名前を知っていることはまだしも、ここまで正確に当てるなんて。


「もしかして、声をかける前に調べている?」


「そんなことしていませんよ」


 だとしたら素晴らしい諜報員になれる。対象と周囲の人物との関係まで推測する観察眼、堂々と初めての話のように聞く度胸。


 ━━━━実に、私好みだ。


「深如」


 名前を呼んだだけで意図を汲み、彼を捕獲してくれる。


「私とお友達になってくれない?」


「そんなに不穏な友達になってほしいって言葉、初めて聞いたんだけど」


 苦笑いする彼に向かって綺麗に笑む。


「なぁに、悪いことはないさ」


「絶対に止めておいた方がいいですよ」


「茉仁荼、人聞きの悪いことを言わないでよ」


 というか、逆に何故ここにいるのかも不明。


 頬をぷすっと指で刺される。おかしそうに苓は少女を見つめている。


 見つめるという一見すればときめくような行為が珍獣を見ている、と表現できるのだから私達は三者三様に個性的なのだろう。


 そこまで思って、深如はそっと苓から手を離す。存在感をできるだけ消していたが、茉仁荼に挨拶をしたいらしい。


「茉仁荼さま、お久し振りです」


「濡羽が暴れたらすぐに押さえ付けてください」


「いえ、濡羽さまは全てにおいて正しいので」


 なんか狂信者めいたことを言っている。2人の視線が痛いので止めていただきたい。


「濡羽がメイクをしてる……」


 ふと、濡羽の友人になることの危険性を説いていた茉仁荼が振り返って呆然と呟く。


「化粧くらい私もするんだけど。失礼すぎない? まぁ、大したことしないけど」


 唇に紅を差し、アイシャドーをほんのり乗せている。紅化粧ですらない。本当に何が起こったのか彼らは理解できないでいた。


 そこでひとり、頷く恋愛マスター(詐欺師)!


「好きなひとに会いに行くときの予行練習じゃないでしょうか。女の子は誰しも可愛い、綺麗と褒められたいものですから」


「濡羽が……」


 茉仁荼は凄く驚いている。流石に失礼だとは思わないのか、友人の感性を疑っていると深如から裏拳が飛ぶ。


「グハァッ」


「如、怖ぁ」


 後ろで椥と庚がぷるぷると震えている。仮にも昔の上司に裏拳を決めるとは、深如の愛が恐ろしくもあり、嬉しくもある。


「恋愛マスター(詐欺師)さんは諜報経験があるんですか?」


 流石ロンペルの頭領、即座に復活。


「(詐欺師)のところは音読しないで普通に苓と呼んでいただいて構わないんですけど……。俺はとある名家の妾腹でして、手をつけた割にお金も貰えず連絡が取れなくなったんです。それで、金稼ぎに色々と」


 妾は制度として存在しないので愛人の子、浮気相手の子供ということだろう。


「恋愛、嫌いになりそうなのにマスター(詐欺師)やってるんだ」


 つい心の中の呟きが漏れる。


「母が明るいひとで、いつも元気にしてくれたお陰です。今も昔もきちんと親孝行してます」


 自慢の母なのか凄く語ってくる。恋愛マスター(詐欺師)、意外に良い子。


「私が勤め先を探そうか?」


 そんなことを話していたら、ちょうど師匠が帰ってきた。長旅を終えて戻ってきたのだ、今夜はパーティーでもするか。


「戻ったよー」


『お帰りなさいませ』

 如たちが声を揃える。


「お帰りー」


『お邪魔してます』

 客2人も声を揃えた。


「あ、義弟おとうとじゃないか。久し振りだね」


 紗羅は苓を見て、ひらひらと手を振る。苓も知っていたのか普通に対応している。


義姉ねえさん、お久し振りです」


「波涅の追放された当主の従兄弟一家ってドロドロだったのか……」


 少女は最悪な、紗羅たちの父のことを考える。仮に冤罪だったとして、本家を追放された後に愛人まで作って親子を放置するとか……控えめに言って屑。


 しかも紗羅が裏社会の住人になったところを見るにやはり何かしら悪影響を与えていそうだ。


「義姉さんと義母さんは俺達にも優しくしてくれたんですよ」


「ちなみに苓さん、ご年齢は?」

 茉仁荼が訊ねる。


「今年で25です」


「聞きづらいけどお母様は?」


「44です」


「犯罪じみてる!」


 やはり、彼らの父は屑だった。


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