第63話 妹への求婚を断るのは古来より兄の役回り
「濡羽、その後ろに憑いているものは?」
「哀れな求婚者」
凄ぉく、嫌な顔をしている。私だって同じ気持ちだけれど殺すのも不憫な男である。
「C同様、玲朱さんのところに行かせよう」
「お兄ちゃんのそういうところは経営者らしいんだよねぇ」
久々に家に来てくれた兄に甘えるのはもはや妹の仕事だ。お兄ちゃんはマジェステをくれた。
「濡羽さまの義兄、ということですか?」
夫婦で訪れていた袴妒と恣宛が目をまんまるくしている。凮雅と私が結婚していたら疾うに裏は荒れている。
「そんな訳ないだろ」
「いえ、あると思いますけれど……」
恣宛は意外にわかっていない。私という者を。2人の名を知らぬものはいないし、夫妻ともなれば恐怖でしかない。
袴妒と話しているとお兄ちゃんが激ヤバストーカー瑛佗くんを捌いてくれている。
悪役・転生、もしくは両方の令嬢物において異性の兄妹が求婚者を捌くのはお決まりだ。
「取り敢えず、お昼考えようか」
「そうだね」
お兄ちゃんは相変わらず綺羅綺羅しいが、奴の様子を見るにかなり……うん、何でもない。
「
旦那の前でうっとり言っている袴妒。恐ろしい女だ。浮気されて捨てられたら恣宛が喜ぶかもしれないが。
「じゃあ離婚しましょう」
いっそ清々しい程の笑顔が眩しい。
「冗談だよ、お願いやめて……。私、今夜なんでもするからぁ……」
「許してあげます」
ふふ、とSっ気しかない微笑みを浮かべる恣宛を見て思う。あ、ここそういう感じなんだぁ……と。
「ここってそういう感じ……?」
お兄ちゃんも思ったらしい。目線で会話していると2人がこっちの世界に帰ってきた。
「それで、お昼ですよね?」
とっても顔が赤い袴妒さん。一体何を言って手懐けたのか気になる。
「恣宛さん恣宛さん、何を言ったんです?」
「ちょっとした昨夜のお話です」
「そうでしたか」
こそこそっと教えてくれるが内容はかなり━━うん、大丈夫。何も聞いてない。
「濡羽さま、それ以上は止めてください」
もっと顔を赤らめて、ぷるぷると震えている。名残を感じていそうだ。可愛らしい、と妓女心が弄ってやりたくなる。
しかし、私も清い身。人を煽る立場ではない。若干お兄ちゃんが苦い顔をしている。
「品性の無いことは言っちゃ駄目だよ」
「まだ言ってない」
ぺちぺちと頬を叩かれる。痛い。
でも最後にはクッキーを口に入れてくれた。この人はやっぱり、私に甘い。
翌週。
「ねぇ、聞いた? 山田さんの話」
「もちろん! 知らない訳ないじゃん。この辺りで噂の恋愛マスターに相談して
2年、
不良の割に親しみやすく、純情な男。そんな彼が同学年の地味な少女と付き合い出したことと同時期に流れた噂。
曰く、地味な少女━━━━
「そんなことがありまして」
「面白いね。私も行きたい」
「いや、それは……」
連斗と濡羽は半信半疑で面白がり、会話をしていた。これが3日前。そして今日。
「そこのお姉さん、何かお悩みはありませんか」
亜麻に黄金を混ぜたような髪色に濃い楓色の瞳を持った、女顔の男。パーカー着ているのが妙に似合っていた。
変わっているなぁ、と思いつつも口を開く。
「もしかして、恋愛マスターの方ですか?」
「ご存知でしたか」
「なんでも、貴方に相談するとどんな恋の悩みも叶うとか」
冗談めかして笑う。表のように日が差すことのない裏で、冷たい風に吹かれて。
「偶然と彼女自身の努力でしょう」
「謙遜はいらないよ。彼女……麻夢ちゃんの恋が叶ったのは事実なんだもの」
「ありがとうございます」
困ったような苦笑いをしてお礼を言われても、困るんだけれども。彼は少女の次の一言で、頭を悩ませることとなった。
「では、私の悩みを当ててください」
「ヒントは頂かないと流石に。魔法使いではありませんので」
「そうですねぇ。私の家に招待しますよ」
あ、面倒な客だ、と思った時は既に遅かった。
「噂を、もっと素晴らしいものにしたくはありませんか?」
この誘い文句から逃げられるはずもなく。彼は濡羽の家に招かれた。
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