第3話 拷問組織の長との交渉
ようやく達也が口を開く。
「で、要件なんだがうちに防腐剤をおろして欲しい」
ぽかん、と呆けた顔をしていることだろう。そんなことは今まで言われたことが無い。
あり得るとしたら新しい客が注文を掛けているのだろうが……と、わかっていながら尋ねる。
「なんで? 今までそんな素振りなかったのに」
真剣な面持ちだ。
「実は、アリーティアからアルージエに依頼が来た。 お前のとこの防腐剤を降ろしてほしいってな」
「アリーティア、ねぇ。あの?」
動揺を隠せない。予想していたこととはいえ、かの有名な拷問組織である。
社員は約20名しかいないにも関わらず個々人の能力はコシュマールの上級構成員並みである。 ここ数年で勢いをつけ、名前をよく聞く組織の一つになっている。
どんな拷問をするのだろう、興味が湧いてきた。
「私に直接紹介してくれない? 紹介料は色をつけるから」
「俺とお前の仲だろ?」
達也は笑う。 いい奴だな、と思いつつ笑みを零した。
そして取引の詳細を聞いていると足の上で瑠禾が呻く。
「ごめん、起こした?」
「んー? 大丈夫だよぉ、ありがと」
照れたように微笑む。
「うん、そろそろ帰る?」
「そうしよっかなぁ、またね」
瑠禾が淡く色づいた唇を濡羽の頬に這わせる。 にこり、と笑みを零している瑠禾にぽかーん、と呆けている達也と濡羽。
「お前ら付き合ってんのかよ」
「たまにやられるよ」
呆れたように呟く達也に少女が笑むとドスの効いた声が響く。
「黙っとけ」
瑠禾に言われ、
本日━━8月8日の
紹介から一週間後━━。
「お久しぶりですね、濡羽さん」
灰茶のふわふわとした髪を持つ、小学生ほどに見える幼女が微笑んだ。 彼女こそがアリーティアの長。
「えぇ、紅玉のお披露目以来です」
こちらも笑む。本心を悟らせないこの幼女は11だ。とはいえ、気の抜けない相手であることは確か。先手必勝とばかりにこちらから切り出す。
「私の薬品を購入なさりたいと?」
「そうなりますね」
肯定される。
「どの薬品でしょう?」
しらを切ってみる。
「そちらで調合しているのは一つだと思うけれど?」
やりづらい相手。駆け引きなんてできそうにない。
「駆け引きなんてできそうにありませんね。せめて1年で500本は仕入れていただかないと」
「半分なら」
「それは難しいな」
「この仕事逃してもいいのかしら」
煽られる。こちらとて引く気はない。
「えぇ、 最近コシュマールが腕を上げているからね。そちらを抜くかもしれない。 発注も増えているし? 翠玉が力を入れているそうだ」
「チッ、彼奴か」
彼女は
「嫌いってのは本当らしいね」
濡羽がカラカラと笑い声を上げる。先程までの完璧具合と比べると余計に歪められた幼い顔が面白く見えた。
「私の姉さんは彼奴に誑かされたのよ。今でも気にしてるようだし」
「それってさ、
私なんだけど、翠玉━━
「元凶はお前? これも因果ね」
鎌の形の刃と刀の持ち手が合わさったような物を取り出す。この歳の幼女とは思えぬ気迫だ。
「これがアリーティアの長かぁ……」
楽しんでいると、そこに高身長の亜麻色の長髪を緩く三つ編みにまとめた
「おい、濡羽困らせてんじゃねぇよ、クソガキ」
呆れたように幼女━━
「お前が女遊び派手なせいだろっ!」
鎌を振る。バックステップで華麗に躱されているが。
「そんなことはない……とも言えない」
追い討ちをかけるように濡羽はトドメの一言。
「ほどほどにしないと本命に捨てられるよ?」
「わかってる」
痛い思いはしたらしく、呟いた。
「で、もう価格はあれでいいわ。面倒」
「5年の契約でいい?」
「構わない。じゃ、帰るわね」
釉翡を睨んで立ち去った。顔を突き合わせているのも嫌だといった雰囲気で。
「お疲れさま、ありがと。契約が上手くいった」
「たいしたことじゃねぇよ」
「あとは2人でお茶でもする?」
「待ってましたー!」
少女は苦笑して茶会の支度を始めた。紅茶にスコーンを添えた、英国式のティーセット。釉翡は嬉しげにそれらを見つめている。
「右手の傷、また喧嘩?」
「あー、フったらさ殺し屋の凛花? とかいう奴にボコられた」
やれやれ、みたいな顔をしているが普通に釉翡が悪いと思う。
「お前、ほんとに翠玉か?」
「
ケラケラと笑っている。
「手、見せて」
男にしては白い手を差し出される。案外深かったので無理矢理くっつけられた皮膚を縫い直す。その後軟膏を塗って包帯をまく。
「終わった」
「膝枕してよ、濡羽」
姐さんとは言わずにねだる。時折、頭でも逝ったのかと思う発言があるのが釉翡である。
「別にいいけど、釉翡は他にも女のアテはあるでしょ?」
からかうような微笑みを浮かべる。
「
皮肉で返される。瑠禾のときのようにベッドに腰かける。
「いいよ」
彼は
30分ほど眠らせ、そろそろ足が痺れるので叩き起こす。
「釉翡、起きろー」
少女は肩を軽く叩く。起きないなーと思いつつ髪を三つ編みにしたりハーフアップにしたりといじり続ける。
そこに金木犀色の煌びやかな長髪、桜貝の瞳に
「起きなさい、釉翡」
可愛らしい声で告げた。
ぱちり、と目を開けて下唇を突き出して拗ねたような顔をしている。
「もう少し甘えてようと思ったのに」
「いい歳して何してるのよ。僕の手を煩わせないでほしいわね。もうすぐ会議だから来い、と
まだ幼い顔を歪めて言う。
「私を無視しないでよ、紅玉」
濡羽はこの幼女が苦手だ。強い人間を知らないらしく、自分が最強と言わんばかりに尊大な態度で
「はぁ? 闇医者風情が調子に乗らないでほしいわね。どっちが上か教えてあげるのよ」
あちゃあ、と釉翡も見ているが性格を直させたいらしく黙っている。
「私は君より強いんだよ、紅玉」
貴女の首領よりも、とは言わないでおくけれど。幼女は短刀を構え、攻撃に備えていた。
「遅い」
濡羽はメスを頸動脈に向かって3本投げる。刺さったのは2本。大出血だが死にはしない。
「今弱いって認めたら治してあげるよ?」
「ふざけるのも大概にしてくださらない?」
「そう。打ちひしがれても知らないから」
勢いをつけて距離を詰める。首の裏を手刀で打って気絶させる。
「姐さん、死んじまうから」
流石に釉翡になだめられる。
「はい、おしまい」
防腐剤を打って包帯だけ巻く。後は自業自得ね、と微笑んで。
「釉翡ー、私怪我してる?」
「してない。てか、あの
「そうね。ほら、さっさと帰れ。仕事でしょ?」
「瑠禾には優しいのにー。キスされても許すのに」
背中をぐいぐい押す。駄々を捏ねている。
「釉翡がしても怒らないけど、誰にでもしてそうだしなぁ」
言葉を続け、紅玉━━
「はい、持ってって」
「へいへい」
受け取った玲朱をベッドに下ろして釉翡が濡羽を抱く。
「どうせ誰でもいいだろうになんで私を選ぶの?」
若干鬱陶しげに濡羽が言う。
「瑠禾のキスと同じ、こういうものなの」
言い聞かせるように言っていた。誰に言っているのだか。
「ていうか、動悸早くない? さては女誑し、一方的に好かれてるだけだな?」
小悪魔めいた笑みを浮かべる。
「つまりはじめてだよ、自分から好きで抱きしめんの」
仕事とか、相手の希望とかはあるけど、と。
「でもそれは友情だから」
「……多分」
はいはい、と言ってもう少し身を委ねていた。
本日━━8月19日の
柊玲朱、女性、10歳、AB型、身長140cm、体重39kg。コシュマール三大幹部・紅玉。頸動脈切断のため、防腐剤及び包帯をまく。
現在公開可能な新キャラ情報
コシュマール三大幹部・紅玉。金木犀の長髪、桜貝の瞳、朱華の瞳孔を持つ。10歳と幼く、濡羽のことを知らない新参。自分が強いと思い込み過ぎていた。
アリーティアの長。11歳。姉を誑かした釉翡を嫌っており、元凶となった濡羽にも多少の嫌悪感を滲ませる。
杷那の姉。19歳。釉翡にフラれている。時折思い出しては落ち込んでいる。表社会で生きている。
コシュマール三大幹部・翠玉。エメラルドを表す位を冠しており、女遊びが派手なことで有名。24歳。濡羽に対しては女遊びとも違う感情を抱いているらしい。
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