第23話 八月二十一日

 翌日の昼頃、緑川がやってきた。


「緑川、また来てくれたんだ」

「あっっっっちー……」


 それこないだも言ってたな、とちょっと笑ってしまった。

 彼は前と同じく原付で来た。だが、この間と違って表情は険しい。


「ちょっと話、いいか」

「うん」


 緑川は原付を庭に停めてから、居間で一人マイクラをやる水海に声を掛ける。


「水海、日笠ちょっと借りるぞ」

「……ん、どうぞ」


 彼女はまだ元気がないままだった。


 家を離れるわけにはいかないが水海のいないところで話をしたかったので、庭の木陰で話すことにした。

 元々庭に置いてあったベンチに並んで座る。冷やしてあったコーラを緑川にふるまい、一息つくと彼は話し出した。


「これまでの能力犯罪者とか反抗組織の奴らについて、保護観察の延長みたいな制度作るらしいわ」

「ん? へー」


 唐突だったので、雑談から入るのかなと思って適当に相槌を打ってみる。


「罰することはできないけど、さすがに野放しにするのは色んな意味でまずいからって検討中らしい。市民感情的にもな」

「あー、そうだよね」


 反抗組織は大体軽犯罪扱いだ。リーダーがそこそこまともな人だったから統率が取れていたけど、野に放たれたら悪さをする人も出てくるかもしれない。

 でも現時点の法律で犯罪者ではない人を監視するというのもどうなのか。日笠たちだって軍主導とはいえ人を傷つけてきたのだ。


「……そうだよねじゃねーよ! 反抗組織の保護観察制度できたら、たとえお前が水海助けても野放しにはされないから大丈夫じゃねーのって話だよ!」

「え、あぁ……なるほど」


 緑川は運営の方にかなり関わっているので、近況報告から始めただけなのかなと思ってしまった。もしくは能力者の一人として意見を聞かれるのかと。

 彼は予知能力者として、今後の方針を決めるにあたって組織で意見を求められることが多く、今も会議に出ていたりすると以前耳に挟んだことがある。


「察し悪ー」

「ごめんごめん。それで来てくれたんだ」


 帆景に話した日に、緑川にもメッセージを送っておいた。返事が『返事は後でする』だったのでいつ来るのかと思っていたが直接来た。なんとも彼らしい。

 要は、呪いを解いてもいい理由を探してきてくれたのだ。


「ありがとう」

「それぜってー断る奴じゃん!」


 緑川は叫んでうなだれる。


「ま、まだありがとうしか言ってないよ……?」

「告白して「ありがとう」って言われたら絶対断られるって思うだろ?」

「あー……なんかごめんね?」

「なんで俺が振られたみたいになってんだよ」


 彼は両手で髪の毛をかき乱した。


「俺は水海のこと好きだけど、おんなじくらい嫌いで……だから、これが俺の意思なんだ」


 緑川はうつむいたまま黙った。


「……じゃあなおさらこの仕事降りろよ」


 しばらくしてようやく口を開く。


「なんで?」

「好きな奴が死ぬとこ見るつもりか?」


 一瞬目の前がくらっとした。


「出来るだけ長く一緒にいたい」


 その割に、言葉はすんなり出てきた。

 エゴだけど、好きな人とは長くいたい。言わないけど、見届けるのが責任だとも思っている。


「……矛盾してる」

「そうだね、そうだと思う」


 決断を下した責任だ。


「なぁ、緑川には……どんな予知が見えていたか聞いてもいい?」

「水海が呪いで死ぬとこ」


 教えてくれないかと思いきや、すんなり話してくれて驚いた。

 緑川は顔をあげ、目を合わせてくる。


「あと……お前がそれを見て、泣いてるところ、だ」


 それを聞いて納得した。だから彼は、あの時様子を見にここまで来てくれたのだ。


 水海が死んで泣く理由が日笠にはない。

 彼女のことを好きになっていない限りは。


 てっきり水海を助ける予知が見えていたのかと思っていたが、案外未来は変わっていないらしい。

 木陰から見上げた空は青かった。


 緑川は話をしたらすぐ帰って行った。忙しいだろうに行動力の固まりのような人だ。

 日笠は、去り際に緑川がくれたスイカを抱えて居間に戻る。水海はまだマイクラをやっていた。


「水海、また緑川からスイカ貰った……んだけど」


 返事はない。


「えー……冷やしとく? 切っちゃっていいかな……」


 前に来た時はわざ川に行って冷やしたのだった。スイカ割りもして、あの時は楽しかった。日笠自身はスイカを割らなかったけど。

 水海はコントローラーを床に置いた。

 そして立ち上がり振り返り、日笠に近づく。手を伸ばしてきたので、スイカを渡した。

 こんなに近くにいるのは久しぶりで、なんだか無駄に緊張した。


「重い」


 急に喋ったので、それが何を意味するか理解できなかった。

 少し考えて、スイカが重いのか、と思ったが、


「空気が重い」


 その言葉で否定される。


「……そう、そうですね……?」


 いや、これどう返すのが正解なんだ。

 いっそ謝ったほうがいいのだろうか? それも嫌味に思える。

 でも空気を重くするような原因を作ったのは日笠だ。


「日笠くん、なんでそんなに申し訳なさそうなんですか?」


 なんで敬語なんですかと突っ込みたかったがそういう空気ではなさそうだ。

 なんで、もクソもない。申し訳ないと少し思っているからそうなっているだけ。


「なんも間違ったことしてないじゃん。私のこと殺すの、絶対正解だよ」

「それ、は……どんな人にも生きる権利はあって、その、殺人鬼でも医者は命を助けるでしょ……?」


 本当は助けられるならどんな人間でも助けるべきだと思う。どんな悪人であろうと救急救命士は区別せず救助する。

 だからこれは行き過ぎた正義だ。私刑といってもいい。


「……なるほど。そういうことか」


 よくわからないけど、なんでかなるほどされた。


「ねぇ日笠くん、普通にしててよ」


 水海は、それから久しぶりに笑顔を浮かべる。


「何もなかったみたいに」


 喉で息がつまった。


「それは、できない」


 都合が良すぎる。そんなことは許されてはいけない。


「え、日笠くん私のこと好きなんじゃないの?」


 水海は目を丸くしてそんなことを言った。


「……? はい、好きですけど……」

「さっきからなんでちょくちょく敬語なの? ウケる」


 いやお前もだよ、と言いたかったが言葉が上手く出てこない。


「好きな人のいうことはなんでも聞きたくなっちゃうのが人間ってものじゃないの?」

「人によるんじゃない?」

「そうだね。日笠くんは好きな人のいうこと聞きたいタイプ?」

「……聞ける範囲でなら」

「じゃあ普通にしてください」

「……水海だってさっきからちょくちょく敬語じゃん」


 それからなぜか二人して笑ってしまった。

 水海はスイカを抱えなおす。


「よし、じゃあスイカ食べに行くよ日笠くん! てか緑川帰っちゃったの? 呼び戻して一緒にたべよーよ」

「電話してみる? 運転中かもだけど」

「あと帆景ちゃんも呼んだら?」

「気まずくないの……?」


 一応帆景にも電話をかけたが来なかったし緑川も戻ってこなかった。

 だから二人で川辺にいってスイカ割りをした。

 目隠ししてもスイカの位置くらいわかるけど接待プレイで外してやる。

 二人して失敗したので普通に包丁で切って食べた。


「おいしー」

「ほんとに」


 なんてことない夏の一日みたいだった。

 水海が死ぬまで、あと二週間。

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