第22話 八月二十日

 二人で黙々と朝食を食べる。

 あれから二日が経ったが、空気は重い。とても当然だ。

 水海に死刑宣告したようなものなのだから、恨まれても仕方がない。


 彼女に伝えるのが早すぎただろうか。

 でも、彼女にも気持ちを整理する時間は必要なはず。それは間違いじゃないだろう。

 ここまで落ち込んでいるということは、やはり彼女は日笠に解呪してもらうことを期待していたのだ。ずっと伝えずにいたら、彼女に呪いを解いてもらえるという希望を残したまま当日を迎えることになる。それはあまりに酷だ。


 だからこれで良かったはず。

 でも、ここで「やっぱり呪いを解く」と伝えたら彼女に笑顔が戻るだろうと思うと、その誘惑に負けそうになる。

 ぐっと堪えながらみそ汁をすすった。


 朝食後、そろそろ帆景と話をしなくてはならないと、ひとまず話せないかメッセージを送ってみた。

 すると電話で話したいと返事がきたので、庭に出てから電話をかける。水海はいつもの居間にいてごろごろしていた。


『日笠ぁー……』


 帆景は今までに聞いたことがないくらい沈んだ声でそういった。


「えっと、帆景」

『ちょ、ちょっと待った。あたしから先に言わせて。……ごめん、余計なことした。なんていうか、暴走しました。すいませんでした』

「いや、いんだよ。俺のこと考えてくれたんでしょ、謝る必要ない。……あー、軍の人とかには謝っといた方がいいかもだけど」


 あの直後、軍の人がやってきて現場確認をした。上司にも交渉して事故として処理し帆景に非はないことにしてもらったが、報告書などかなり手を煩わせる感じになったので、もし帆景にその気があれば謝ったほうが今後スムーズかもしれない。倒れている水海に対してすごい軍の人はビビっていた。


『それはもー謝った……み、みずうみさんにもあとで謝る……あ、謝ったほうがいい……よねぇ……?』


 帆景の言葉は後半になるにつれて苦々しくなっていった。


「そんなに無理しなくても大丈夫だよ……」


 刺したことを刺した相手に謝る、常識的には謝罪した方がいいが色々事情が複雑なので強要したくはない。


『まぁ、そっちはもうちょっと考えてから決める……今は日笠に謝んないとね。あたしさ、あの、日笠は優しいから、呪いを解いてやんないといけないと思っちゃうんじゃないかなと思って……それで、その、まぁ、悩みを消してあげたほうがいいかなーと……勝手に考えて』


 こんなに言葉に詰まって落ち込んでいるような帆景は初めてだ。いつも笑っているか何かに怒っているかだったな、と部隊で活動していたときのことを懐かしく思う。ほんの数か月前のことなのに懐かしむなんて早すぎるか。


『あたしさぁ、ずっと後悔してたんだよね……日笠のこと、無理矢理でも組織辞めさせたほうがいいって思ってて、でもそれしなかったのは、日笠がいなくなったら仕事大変になっちゃうなーとか……自分の都合でさ』

「いや、それは俺が大丈夫ってずっと帆景に言ってたせいで」

『あんなん嘘だって誰でもわかるよ! なのにあたしは、日笠がいいって言ってるんだったら、みたいなことばっか言っちゃって……マジ最悪。だから、今回はあたしがなんとかしなくちゃと……』


 あの行動に打って出たのはそんな理由があったのか。

 普段思慮深い彼女がなぜあそこまでしたのか気になっていたが、納得した。


「ずっと心配かけちゃってごめん。ありがとう」

『ううん……余計なことしちゃったけど、ほんと、日笠のしたいようにしてね』

「うん、大丈夫。呪いは解かないから、帆景も安心して」

『……ん?』

「水海にももう伝えたし。だから心配しなくていいよ」

『は、え? ちょっと待って。え? ……どういうこと!?』

「えーっと……俺は水海のこと好きなんだけど、許せないのでこのまま……最後の日を迎えようと思ってる」


 それだけでは理解できなかったようなので、細かい説明と質疑応答を挟んだ。


「水海を助けたのは、帆景に人を殺させたくなかったからだよ。決して……水海に生きててほしいからじゃない」


 あのままでは帆景が人殺しになってしまう。だから水海を治療したのだ。


『はー……あの、日笠、馬鹿?』


 いきなり罵倒された。

 一応彼女を思っての行為だったのでちょっとショックだった。


『好きなら呪い解いて一生一緒にいればいーじゃん! 日笠が見ててくれたら安心だし……なんで、なんでそんな結論になるの?』


 しかし続く言葉を聞いて納得する。

 帆景は解呪すればいい、という考え方だったらしい。


「俺がそうしたいからだよ」


 帆景の言うことは最もだと思った。

 水海がここまで悪い人じゃなくて、改心や更生の余地があればそうしただろう。

 なんでこんなことになってしまったのか、自分でもそう思った。

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