第19話 過去回想:七月

 川で冷やしたスイカをかじると夏の味がする気がする。

 スイカは好きだ。鼻で息を吸うと、なんとなく青臭い匂いがする。

 水海は川辺にしゃがみこんで、スイカの赤いところにかぶりついた。


「美味いか、水海」


 近くにいた緑川が、同じようにスイカを両手にしながら聞いてくる。


「うん、美味しい」


 本当においしかった。スイカに申し訳なくなるくらい美味しい。

 緑川は返事を聞くと複雑そうな表情になって、それから立ち上がって後方に叫んだ。


「おい日笠、お前ももっとスイカ食え!」

「えー……もう大分腹いっぱいなんだけど」

「スイカはほぼ水分なんだから腹いっぱいになるわけないだろ」

「大量に水飲めば満腹になるよ?」


 日笠は本当に満腹らしく、さっきから休んでいる。

 緑川は多分気まずくなったのだろう。大量殺人犯で敵であるはずの水海と、普通に仲良くっぽく過ごしてしまっている。その事実に気付いて。

 緑川も軍所属の能力者で、何と予知能力の保持者らしい。滅茶苦茶計画を邪魔されたので憎たらしい存在だが、スイカを持ってきてくれたのでチャラにしてやろう。


「普通に持って帰って明日も食べればいいじゃん」

「今日中に食べないと表面が乾くだろ」

「……削るとか?」

「お前っ……名案だけど、正しいけど、俺は今日食いきりたいんだよ! スイカ割りの残りを持ち帰って明日食べるの……なんか……わびしいじゃん!?」


 緑川は言葉に詰まりながらも力説している。


「なるほど……理屈じゃないんだな、分かった。協力する」


 日笠は立ち上がってこちらに近づいてくる。

 彼の友達は本当に優しい人ばかりだな、と思う。

 緑川はわざわざこんなところまで会いに来てくれているし、帆景だって多分彼を心配して輸送の仕事を引き受けているのだろう。

 本当に優しい。三人とも。

 そんな人たちを利用することに、ほんの少しだけ罪悪感を覚えた。

 覚えただけだけど。



「もう遅いかもしれないけど、今からでもこの仕事を降りたほうがいい。少なくとも隔離方式を変えて、あいつと接触しない方法にしよう。なんだったらオレが上官に掛け合うからさ」


 緑川と日笠が喋っているのを、水海は風呂場に行ったフリをして聞いていた。

 監視カメラで見られている以上変な行動はとれないので、普通に自分の部屋で着替えを見繕っているのを装いつつ。


 水海の部屋は台所から廊下に出た先にある。距離は結構あるが、なんとか断片的ながらも会話を聞き取ることができた。能力はほぼ壊滅状態だが、身体強化の名残なのか耳はかなり良い。あくまで一般人の範疇ではの話だが、これは二人も想定外だろう。

 緑川はどうやら日笠が水海を好きになってしまうことを心配しているようだった。

 彼は予知能力者だ。どんな方式で未来が見えるのか知らないが、もしかしたらもう水海に日笠がほだされているのを予知したのでは?


 いや、それなら正式に軍が対策を打つはずなのでそれはない。

 レジストにいたとき聞いた話では、予知部門は何人もの予知能力者の結果を統合してもっともらしい未来を導き出していると聞いたので、彼一人では精密な予知ができないのかもしれない。


「……水海と仲良くしてるように見えたかもしれないけど、それはまぁ、かなり長い間二人でいなきゃいけないからそうしてるだけで、俺は仲良くしてるつもりないよ」


 嘘が下手すぎる。めちゃくちゃ躊躇ったような言い方をしていて、それが虚偽であることはすぐにわかった。

 なんだ、案外ちゃんと仲良くなれていたのか。

 緑川はあまり追求せず、次の話題に移った。


「お前なら、水海にかかった呪いが解けるんじゃないか?」


 日笠がその質問に答えなかったことで、水海は浮足立った。

 やっぱり、彼なら呪いを解くことができるのだ。

 そこを前提としていたが、予想が当たっていたらしくラッキーだ。

 ならばやり遂げてみせる。

 絶対に日笠に自分のことを好きになってもらい、解呪してもらうのだ。


      ***


 二人で自転車で探検にいくとき、帆景のいる商店により飲み物をもらった。ついでにお菓子もくれるそうで、自転車に空気を入れる日笠を外に置いて二人で家の中に入って行った時、帆景に聞かれたことがある。


「水海ちゃんってぇ、日笠のことすきなの?」


 帆景は女子会で女子トークする女子のテンションで話しかけてきたが、眼の底が冷えているように見えた。気のせいかもしれないけど。


「あ、あたしの能力で音遮蔽してあるから日笠には聞こえないし何言っても大丈夫だよ?」


 訂正する。防音対策するとか全然女子会じゃない。


「……私が人を好きになる資格とかないでしょ」


 慎重に答えるがまだ正解が見えないので探り探りだ。意図が見えない。


「そーいうこと聞いてんじゃないって! 好きかどうか聞いてんだよー?」

「えーと、友達としては好きだよ」

「へぇ、友達になったつもりなんだ」


 急に冷たい。怖い。

 彼と三人で話しているときは明るくて楽しい人なのに落差がひどかった。


「日笠と友達になる資格はあるって思ってるの? あ、これ煽りとかじゃなくて普通に興味あるだけだから」


 絶対煽りだが否定しないで流す。


「言葉の綾ってやつだよ。日笠くんは、とても優しくて素敵な人だと思う。こんな私にも優しくして友達みたいに扱ってくれるんだから、すごいよね」

「だよねー、超優しいよね日笠の奴」


 帆景はにこにこしている。

 マジで何を考えているか分からなくて苛々してきた。


「帆景さん、話があるんだよね? 何か聞いてもいい?」

「え、別にないけど。あたしがふつーにおしゃべりなだけ」


 遠まわしなことはやめて直接殴りこむことにした。

 ここで帆景を敵に回しても大して変わらないし、そもそも現状でも敵だしいいやと思い切る。


「帆景さん、私、日笠くんとどうなりたいとかそういうこと思ってないから安心して。あと一か月で死ぬんだし、恋愛とかしても両方悲しいだけでしょ? 帆景さんの邪魔したりしないから」


 どうせ日笠が好きで、恋愛的に牽制しているだけだろうとあたりをつけた。

 実際には恋愛的に狙っているので全部嘘だ。死ぬ気もない。

 しかし予想外にも、帆景は怪訝な顔で首を傾げた。


「は? いや……あたし彼氏いるんだけど」

「えっ!?」


 ここ最近で一番驚いたかもしれない。

 いるのかよ。絶対日笠のことが好きで片思いしてる感じだったじゃん。

 こちらのペースを乱すための作戦か、と思うが意図がみえないので本当なのではないか。


「そうなの……? なんか勘違いしちゃった、ごめんね?」

「あー、完全に勘違いってわけじゃないよ? あたしは水海ちゃんと日笠にあんまり仲を深めてほしくねーなって思ってるし」


 帆景は笑顔を維持したまま言う。


「日笠はあたしの大切な友達なの。少しでも傷つけるなら、その時は容赦しない」


 笑顔なのに怖いのは威圧感があるからだろうか。

 彼女は、本当に容赦しないんだろうなと納得させる迫力があった。


「憶えておいてね!」

「うん、憶えておきます」


 憶えておくのと遵守するのは別だよな、と思う。

 それに遵守しろ、と言われたとして聞くような従順な人間ではなかった。




「これひまわりだ」


 水海はまだ咲いていないひまわりのつぼみをそっと覗き込んだ。

 帆景が教えてくれたという場所はひまわり畑だった。良い仕事するじゃないか、と思ったが彼女は水海が植物好きだと知らないので偶然だろう。というか知っていたらここを紹介しなかった気がする。


「つぼみがついてるからあと二週間くらいで咲くかなぁ。ちょっと気温が低いから咲くのが遅いのかも?」

「へぇ……詳しいな」

「植物好きだから!」


 もちろん全ての植物について開花時期を把握しているわけではないが、ひまわりは実家近くの公園にも植えられていたから毎年見ていたので知っている。

 日笠はなんとなく嬉しそうだった。


「じゃあまた二週間後に来ようか」

「いいの!? ……ありがとう」


 出かけたいという水海の願いを、日笠はやすやすと叶えてくれた。

 その上、こんな要望にまで応えてくれる。相手は殺人鬼でほぼ死刑囚みたいなものなのに。

 これはもう、自分のことが好きなのでは?

 水海はそう思ったが正直よくわからなかった。よく、どころではない。恋愛なんて全然分からない。

 もうそろそろ結果を出したいのに進捗状況さえわからない。

 そもそも人を好きになるって何? 尊敬とか羨望とかそういうこととはまた違う? 自分に向ける視線と、緑川や帆景に向ける視線は違うのか?

 肝心の日笠はいつも笑っているからマジで判断がつかない。

 自分のことを好きになってくれなきゃ困るのに、恋愛がわからなさすぎて怖かった。

 これまでしてきたことは、すべて骨折り損だったかもしれない。

 思えば、日笠には自由に生きろといっておきながら、あんまり自由ではない人生だった。

 友達に迎合しようとして家族に服従し、反抗組織の仲間に擬態して彼に好かれようと必死でゴマをすった。


 自由に生きたいけど、社会がそれを許さない。

 全てを今すぐぶち壊したいのに、邪魔するものが多すぎる。

 しかしこれさえうまくいけば、もう少し猶予が取れる。だから、絶対に成功させなければいけないのだ。


 果たして日笠は、自分のことを好きになってくれただろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る