最低の夏にしよう

第17話 過去回想:水海蛍火

 水海蛍火が日笠に優しくしていたのは、ひとえに打算によるものだった。


 彼女は人間が嫌いだ。

 だから当然日笠のことも全くもって好きではない。


 物心ついたときから、彼女には人の気持ちが理解できなかった。

 正確に言うと、「人間の心情についてそういう思考パターンが存在するという事実自体は把握しているが、なぜそんな思考に至るのかが理解できない場面が多い」、だ。


 一応彼女自身にも感情はあるので、嬉しいや悲しいなどの単純な感情は理解できるし自分でも実感することができる。

 例えば美味しいものを食べたらうれしい、けど「みんなで食べると何倍もおいしい」は理解できない。一人でも美味しいし、複数人で食べても味は変わらないと思う。

 一番理解から遠いのは、愛とか恋とかそういったこと。

 だから、彼女は人間が人間に対して向ける感情が分からないのだと結論づけた。

 自分の実感を素直に口に出していたら変な奴だと言われて詰られるようになったので、周囲との関係を円滑に進めるために人間っぽくふるまうことを次第に憶えた。


「みんなで食べるとごはんって美味しいよね」

「そうだね!」

「クラス全員力を合わせて頑張ろうね!」

「うん!」

「運動会負けちゃったね……」

「残念だよね」

「私あの子嫌い」

「あー、私も苦手かも」

「失恋しちゃった……」

「そっか……」

「彼氏できた!」

「おめでとう!」

「おじいちゃん死んじゃって……」

「え……」

「蛍火ちゃんと友達で良かった!」

「……私も!」


 感情の種類を。強弱を。それさえ調整して周りに合わせていればなんとかなった。


 自分は人間じゃない。

 姿かたちは同じでも、変身して人間に成りすました宇宙人だと言われた方がまだ受け入れられた。だからそう思うことにした。

 取り繕って生きていた。それで大抵上手くいった。


「本当あんたってさ、調子良いことばっか言って。気持ち悪い」


 でも時々は失敗した。


「……ごめんね」


 そのたびに様々な思いが吹き上がる。


「本当にそんな風に思ってるの? 無理に合わせなくていいよ」


 なんで生きているのだろうって。


「…………ごめん」


 こんな思いをしてまで生きている意味があるのかって。


「お前なんて生まれなければよかったのに」


 どうして人間に生まれてしまったのかって。


「………………ごめんなさい?」


 植物とかに生まれていればこんな思いをしなくて済んだだろう、なんて公園で花壇をじっと見つめながら考えてみる。もしかしたら植物にも他の動物にもコミュニケーションがあって、自分には適応できないかもしれない。

 どこにいても異端だったらどうしよう、なんて心配をして、その前に現世で異端なのでどうにもならないだろと落胆する。


 暗くてよく見えない花壇を見るのに飽きて空を見あげると、月と星が輝いていて綺麗だった。宇宙だったらまだ望みがあるかもしれないので、宇宙人が襲来してこの文明を終わらせてくれないかなと本気で願った。残念ながら夜が明けるまで眺めていても星は一つも流れなかったので、多分この願いは叶わない。


 ぺらぺらと日々を消費するような毎日を過ごしながら思った。

 人間がいなくなってくれたら、こんな面倒な思いをすることもないんじゃないか、なんて。


「迷惑なんだよお前が家にいたら。消えてよ」


 暗い部屋の中だった。異臭。草の青臭い匂いが恋しい。

 窓から外にある街灯の光が差し込んでいて、唯一それだけがまぶしかった。


「そっちが消えればいいんじゃない?」


 その光に手を伸ばしたかった。

 ゆっくり持ち上げた手のひらに現れたのは小さな球体だった。それはほのかに薄いオレンジ色の光を放っていて、なんかおしゃれな間接照明みたいでかわいいな、と思った。


 なんだろう、と反対の手でつつくけど触ることができない。

 ぼんやり眺めているうちに、妙に室内が静かになっていることに気付く。

 顔を上げた。

 部屋にいたはずの騒音発生源はいなくなっていた。あるいはゴミ発生装置。ゴミだけが室内に残っている。

 訳が分からなかったが、手のひらの中にある光をもう一度見て、思った。

 これは、人間を全て消すために与えられたものなんじゃないか、と。


      ***



「私達の活動に参加してもらえませんか、水海さん」


 差し伸べられた手を水海はまじまじと見つめた。

 『呪詛curse』と名乗るその呪術使いの少女は、真剣なまなざしをこちらに向けたまま続ける。

 自分に宿った不思議な力を理解するために外でたびたび使用していると、国営軍を名乗る人達から追われるようになった。投げかけられた言葉をつなぎ合わせると、どうやら力をみだりに使わないよう統制しているらしいとわかる。

 捕まると厄介なことになりそうなので逃げ回っていたら、今度は反抗組織とかいう人達から勧誘されるようになった。


「対抗組織を出し抜く必要があるって目的は一緒でしょう? あなたも逃げ回らなきゃいけなくて苦労しているご様子ですし。それに私の目標を達成できたら、あなたも自由に能力を使えるようになりますよ」


 水海の真の目的は当然伝えておらず、彼女は「能力が使えるようになって面白くて使ってたら追われるようになった」という水海の言い分を信じているようだった。


「能力者の――――私達の権利を守りたいんです」


 反抗組織、レジストの目的は、「能力を自由に使う権利を守ること」だそうだ。

 今、軍は情報統制をおこない、能力の存在を徹底的に隠している。

 『呪詛』曰く、能力の使用を取り締まり存在を秘匿しようとする行為は能力者に対する人権侵害であり、改善させるために軍と戦い権利を勝ち取りたいようだ。


 どうでもいいな、と思った。

 能力者だろうが結局人間なので、その権利など正直どうでもいい。

 でも、ただ断ってしまうのは少々惜しかった。

 彼女らの活動自体はとても便利だったのだ。能力を自由に使おうとする人々の排斥を目的としている軍の部隊には潰れてほしいと思っていた。


 彼女に発現した能力は、対象を消し去るものだった。

 能力発現から数か月間使ってみて分かったのは、全人類を消すにはかなりの労力が必要だということだった。

 近くにある物体の消去は、慣れてみると簡単に行えた。自分の肉体と一部でも接触している物体ならサイズ問わず容易。非接触でも視認さえできれば、静止物なら問題なく消滅させられた。


 ただ、動く物体――――特に生物だと、かなり成功率が低い。

 訓練するにつれて上達しているので、順調にいけばそのうちどんなものでも簡単に消せるようになるだろうとは思う。

 ただし、能力の最大射程は百メートル程度。しかもあまり伸びている気がしないし、視認している物体でないと無理というおまけつき。訓練のやり方が間違っているかもしれないが、マニュアルもないのでここは手探りでやっていくしかない。


 人間を亡ぼすための力だと思った。

 なのに精査してみると、与えられた力はこの国全土の人間を殺すのにも苦労する能力でしかなかった。

 さすがに中二病が過ぎたのかもしれない。

 いい感じに目的を達成できそうな力に目覚めたから、何か使命的なものを高位存在から与えられたのではと高揚してしまっていたが、よく考えるとそんなはずはないのだ。だって高位存在がいたら自分で人間亡ぼすだろうし。


 『呪詛』によると能力は発想力で発展させることが出来るそうで、人間に消えてほしいと願ってばかりいたからそういう方向性の能力に目覚めただけのようだ。

 なんともつまらない事実だが、それならそれで得た力を生かしてどうにか目的を達成する方法を考えるだけだと開き直ることにする。

 現状の能力では、ほどほどの高さがあるビルの上から出来る限り多くの人を視認して消去する、これを繰り返せば理論上ある程度まで数を減らせるだろうが、さすがにだからじゃあやろう、と思えるほど楽観的でもない。


 ただ世界全土を回るだけでも難事なのに、人を消し始めたら色んな人が結託して邪魔してくるだろう。それがかなり厄介になると想定される。計画を実行する時、邪魔者は少ない方が望ましい。

 特に能力者の敵は、一人でも減らしておきたい。


「ただし、約束してほしいことがあります。一般人や、軍人、あるいは軍へ協力する能力者を必要以上に痛めつける――――特に、殺すことはしないでほしいんです。交渉の余地を残しておく必要がある」


 問題だったのは、レジストが意外と理知的だったことだ。

 もっと好戦的だったら好都合だったのだけど、軍に属する能力者は、どんなに邪魔でも殺してはいけないのだそうだ。

 あくまで情報統制を行う能力者と軍のシステムの制圧と、事実の公表を目指すそう。

 だから水海は一瞬迷った。


「分かった。一緒に頑張ろう」


 でも、最終的には承諾することにした。

 とりあえず当面、軍から逃げ回るのに協力してもらえたら助かるからだ。それに能力を日常的に使うことでもっと強化したいし、それには実践がいいだろう。

 上手く使えば本番の計画でもこの人たちを利用できるかもしれない。


「ご理解ありがとうございます。頑張りましょう、能力者の未来のために」


 『呪詛』は握手のために右手を差し出してくる。

 水海は握手が苦手だったが、気を悪くされそうなので握り返した。

 生暖かい感覚が気持ち悪くて、本当に人間って嫌いだ。


      ***


 反抗組織レジストでの活動は案外上手くいった。


「水海さん、明日はよろしくお願いします」


 拠点にいると『呪詛』が話しかけてきた。レジストでは綺麗めの空きテナントを勝手に拠点として使っていたのだ。小学生の秘密基地ごっこの延長っぽくてそこは好きだった。


「うん、よろしくね」


 実戦練習はやはりタメになった。水海の能力は、以前と比べて格段に進化している。新たに能力を無効化することを憶えられたのも良かった。これは相手の能力を打ち消すもので大変戦闘に便利だ。

 それに遠距離系の能力者からコツを聞くことで、徐々にではあるが射程が伸びてきていた。

 これなら、いつかは目的を達成できるかもしれない。


「……すみません、いつも負担の大きい役割で」


 別によろしく以外に言いたいことが無かったので黙っていたのだが、『呪詛』は沈黙を不満だと推測したらしい。


「あぁ、別に大丈夫だよ」


 最近水海が担当させられているのは、軍側の能力者で最強と名高い『裁』を抑えることだ。水海が頼りにされているというよりは、切断系能力を恐れる味方が多いので余り物が回ってきている感じだ。正直組織としてどうかと思うが、子供ばかりの集団なのでそこまで士気を高く維持できないのだろう。むしろ『呪詛』はよくやっている方だ。能力者はなんでか子供しかいないっぽく、無能力者な大人に助けを求めるわけにもいかない。

 しかし正直、最強の担当にしてもらえるのはありがたいと思っている。戦闘の練習になるし、危機的状況の方がより成長効率が高まりそうだ。


「もっと強くなって、この能力を役立てたいから丁度いいの」


 自分のために役立てたいだけだが、ついでにこの組織にとっても役立つのだから大変有意義だろう。


「頼もしいです。……信頼してますよ、水海さん」


 呪詛の表情は硬い。

 水海の方はそこそこ順調だが、レジストの活動は難航していた。

 軍は組織立った行動が得意で守りは強固。しかもこちらが情報統制システムとその能力者を狙っているのはバレているので向こうはかなり防衛しやすいのだ。その網をかいくぐって能力者の存在を世間に知らしめるなんて夢のまた夢のように思える。

 あと恐らくあまり信頼されていないのだろう、言葉とは裏腹に。

 真の目的がバレるようなヘマをした憶えはないが、彼女はとても勘が鋭く人のことを良く見ているので、水海はどうにも信用ならないクソ野郎であることに気づいているのだろう。


 それはやりにくい。

 なら、当面の信頼を勝ち取るため、行動を起こさなくてはならない。


 というわけで最強の彼を倒してみた。

 正直、水海の能力は穏便な戦闘に向いていない。部位消失や即死技を駆使できれば強いのだけど、殺したり重傷を負わせたりするのはレジスト的にNG。なので今までかなり手加減していた。

 だからどうやって倒そうか迷ったのだが、そこは彼、『裁』の甘さを利用することにした。

 彼もまたその鋭すぎる切断能力を持て余している。

 軍の方針的にもこちらに大けがをさせてしまうようなことは出来ないし、させないだろう。


 そして多分、あの人は本当に優しいのでやりすぎないよう細心の注意を払っている。実際、切断能力は補助的な利用にとどめ、身体強化で殴ってくることが多い。

 それを利用し、あえて牽制として使ってきた切断攻撃に突っ込んでいくことで攻撃の手を鈍らせた。切断能力を封じることでいつものリズムを崩させ、こちらのペースに巻き込む。

 あとは遠距離からちまちま投擲でダメージを与えていくことに努める。補給――――回復役からの支援を妨害するのが最優先。本来の目的は足止めなので、逃がしたり仲間と合流しないよう地形攻撃を使って工夫するのも忘れないようにしておく。それでも瞬間移動能力者が来たら一瞬で努力も水の泡だけど、そちらは他の仲間が妨害してくれているはずなので信頼しておく。仲間、なんて素敵な響きなんでしょう今だけは。


 果たして試みは予想以上に上手くいき、運の良さも手伝って戦闘不能寸前まで追い詰めることができた。正直言ってラッキーの要素が強いと思う。

 今、最強の彼は地面に横たわっている。

 近くにいたらしい人だけ救援に来てしまったようだが、たしか記憶によれば拘束能力しか持たないはずだ。戦闘能力は低いのですぐ退けられる。

 意外と勝利はあっけなかった。

 むしろやりすぎてしまった感があり、死んでしまうかもしれないのでそっちをどうにかしないといけないかもしれない。いっそ拘束能力の奴に助けさせてやった方がいいかと考えだす。


 しかしその前に、水海には試してみたいことがあった。

 以前から気になっていたことがある。

 それは、『消滅』によって他者の能力そのものを消すことができるのではないか、ということ。

 発動後の現象ではなく、二度と能力を使えないよう仕組み自体を消す。

 イメージ的には出来そうだった。ただ、遠距離からでは失敗したので直接体に触れる必要があると踏んでいる。

 実現できたら、穏便に最強を消すことができるのだ。

 まぁ呪詛からは「能力は個性の一部なので」とか言って非難されそうだが、それは咄嗟の事故でとかいってごまかせばいいだろう。


 拘束能力の彼をちょっとどけておいて試してみよう、と近づいていくと、彼が最強に話しかけているのがわかった。


「……やめてください。俺が……俺が、助けます」


 盛り上がってそうだから割り込みづらいなぁとウザったく思っていると。

 突然、彼の気配が膨れ上がった。

 一瞬『裁』が復活したのかと思ったが、違う。

 さっきまではぼんやりしていた印象だった拘束の人から、急にプレッシャーが感じられる。それは、強い能力者と対峙したときだけ感じるもの。

 警戒して足を止める。


 すると、次の瞬間、彼の前に刀が出現した。

 それは見慣れた、最強の彼が使っていたものと全く同一。

 拘束能力の彼は、それを掴み、立ち上がって水海に向き直った。

 こうして水海の前に、新たな最強が立ちふさがる。


      ***


 水海の向かい側には、『呪詛』が険しい表情で座っていた。彼女は苛立たしそうにテーブルを叩く。


「水海さん、何度もいいましたよね。必要以上に敵を傷つけないでほしいって。なぜ守ってくれないんですか?」


 呼び出されたのは先日の戦闘の件だった。水海は敵の指を何本か消してしまったのだ。


「……ごめんなさい。わざとじゃなくて、手元が狂ったので……」


 申し訳なさそうに言い訳してみるが、半分以上はわざとやった。

 あまりに進展がなく苛立たしくてストレスがたまっていたのだ。


 簡単なことではないだろうけど、この力があればいつかは全人類を殺すという夢を叶えることができると信じていた。

 しかし最近、能力は伸び悩んでいる。以前は訓練すれば徐々にだが成長していったのに、その成長幅はどんどん減少していっているのだ。


 どれだけ使っても、訓練しても、人生をかけたところで目的を達成できるだけの性能には至れそうにない。その事実に絶望しつつあった。

 やっぱり人を消す訓練をちゃんとしないと駄目なのでは?

 そう思って、衝動的にやってしまったのだ。指だけで済んだのがむしろ理性のたまものだった。

 水海はしでかしたことについて後悔していた。ここまで頑張ってうまいことやってきたのに、些細な失態で信頼が劇的に失墜してしまった。まぁ以前にも事故って相手にでかい怪我を負わせたことは何度かあるので、その蓄積もあるだろう。


「わざとじゃなくても駄目です。向こうにも治癒能力者がいるからそりゃ指くらいは治るでしょうが、そういう問題じゃないのわかりますよね?」

「……うん、わかってます。ごめんなさい」


 『呪詛』の邪魔をして申し訳ない、という気持ちはあると思う。彼女もまた目的にしたがって生きている人だから尊敬している。

 でも、それだけで、自分の気持ちをとめておくのはもう不可能になってきた。


「……あなた、一体何を考えているんですか?」


 彼女は水海の目を一心に見つめてくる。

 恐らく彼女は気づいている。水海が何かをしようとしていること、そして水海がレジストとは違う方向へ向いていることに。

 さすがに何を目的としているかは分からないだろうけど。


「何も……」


 何も考えていないというのもそれはそれで駄目だろ、と思って途中で口ごもる。

 でも、「能力者の権利のために頑張ろうとしてるよ」というのも嘘っぽ過ぎて意味がないだろう。

 そう思うと、何も続けられなかった。

 呪詛はため息をついて立ち上がる。


「……我々の活動は、そろそろ終わりにしようと思っています。あと戦闘の機会は数回でしょうから、そこだけ、そこだけ十分気を付けてくださいね」

「わかった」


 元々ジリ貧だったから潮時を探っているのは以前からの会議でもわかっていた。だから本当に、そろそろキリをつけるのだろう。

 だったらもう組織に用はないので、本格的に人を消す訓練を独自に行おう、そう水海は決意した。


      ***


『やっぱり裏切りましたね。許さない、許さないです、あなたのことは、一生!』


 イヤホンから『呪詛』の声が聞こえてきて、その瞬間呪いが発動した。

 左腕に茨をモチーフにしたような複雑な文様が現れ、強く光る。


 『呪詛』は水海の裏切りを予期していたから、マーキングされていたのだろう。十分警戒して仕掛けは全て排除したつもりだったが、彼女の方が一枚上手だったようだ。


 反抗組織レジスト、最後の作戦は最初から全て失敗に終わった。

 今回計画の骨子となるのは、予知の妨害だった。

 様々な計画を実行するにあたり、一番厄介だったのは軍の予知部門によって活動を予知され、計画が丸見えになってしまうところだ。そこを解決するために、予知を妨害できるという能力者を連れてきて、誤った予知をさせた――――はずだった。


 しかし結局妨害工作自体が見透かされていて、逆に万全の作戦を取られ、瞬間移動能力者によってこちら側の有力な能力者は全員分断されてしまった。

 水海はかなり遠方に移動させられ、『繋』と一騎打ちさせられる羽目になって最悪だ。

 抵抗してみたものの、遠隔から別の能力者の妨害もあって劣勢を覆すことはできなかった。


 水海はもう勝利を諦めた。

 しかも最悪なことに、ここで捕まってしまうだろう。そうなれば個人情報を握られて監視され、二度と自由に能力を使うなんて叶わなくなる。


 だから、自分の目的だけに走ることにした。

 能力を無理に酷使し、せめてこの国全土くらいの人を消そうと試みた。

 イメージは万全だったから行けると思ったが、失敗してしまった。

 殺せたのはせいぜいここから半径五十キロメートル以内にいた人々くらい。

 しかも、一番死んでほしかった『繋』は、普通に今も生きていてこちらに刀を構えている。


 なぜかわからない。

 水海は熱を持つ左腕を押さえながら、『繋』と対峙する。


『あなたのせいで能力者はただの悪者になってしまった! これから我々の言うことなんて誰も聞き入れてはくれないでしょう……だから、責任もってあなたのことは私が殺します……償いにも言い訳にもならないけれど』

「……ごめん」


 呪いをかけられても彼女のことはそれほど嫌いになれなかった。大体の人間は嫌いだが、そんなに嫌いじゃない人もいて、彼女がそれだった。

 彼女ははっきりとした自分の意志を持って行動している。人のため、というのは理解できなかったけど、まっすぐな彼女のことを、好きとは言わずとも嫌いにはなれなかった。


 でもまだ終わったわけじゃない。

 彼女の呪いはそれほど強力ではないのだ。

 強い効力を発揮し確実性を担保するためには、効果が発揮されるまでに時間がかかる遅効性の呪いにする必要がある。これもそういったタイムラグのある呪いだろう。

 死ぬまでに、全て終わらせる。

 『繋』を殺し、移動して出来る範囲で人を消していく。それが水海に取れる最善の方法だった。

 そうすればようやく、終わることができる。



 無様に地面に転がる水海の首筋に、『繋』は刀をつきつけた。


「水海――――お前の負けだ」


 どうしてこうなってしまったのだろう。

 憎いと思った。他の人間と同じく、いやそれ以上にこの人のことが憎い。

 大した思い入れもなさそうなのに、確実に自分の道を阻んでくる。

 今も別に、「やっと終わった」みたいな言い方だ。

 その終わりは、水海が喉から手が出るほど欲しかったものなのに。



 捕まった後の事情聴取には正直に答えた。どうせ全てばれているだろうし隠したって無駄だ。そして当面の問題は呪いなので、刑罰なんで些事だった。

 呪いが作動するまでにタイムラグがある、という水海の目算は当たっていたらしい。


 死ぬまでにはあと三か月程度かかるそうだ。聴取中に相手がこぼす情報を拾い集めての推測なので正確性はないが、今日明日で死ぬということはまずない。すぐ死ぬのだったらもっと聴取を急ぐだろうし、今後の監視体制について話し合う必要もない。

 すぐ死なないなら、まだあがくことができる。


 諦めないのかと自分でも思うが、不思議と絶望はしなかった。

 当たり前だが、この命が尽きるまでしか人生はないのだ。最後まであがくと決めている。決めているというか、本能みたいなものだった。やりたいことがあったらそれに全力を注いでしまう。それが自分の最大の長所であり短所だった。しかし今は、長所だと思うことにする。


 拘束されアイマスクとヘッドホンをつけられて情報を遮断されている時間が長く、暇なので計画を練った。

 能力は当面使えない。

 さすがに目的のために無茶をしすぎてしまったか、全く作動しなくなってしまったのだ。

 無理をしたおかげで射程は各段に伸びたし視認しない相手にも効力を持ったようだが、一発だけで骨にヒビが入ったような感覚があって全身に激痛が走った。それでも無理矢理使ったら決定的な破滅を迎えてしまった。


 最大の誤算は、その一撃で『繋』が死ななかったことだ。確実に巻き込める位置にいたのに、彼は能力を使って回避したらしい。即死能力はこれまで彼に使ってこなかったから、文字通りの初見殺しでいけるだろうと予測していたが外れた。正直彼にお見事、というしかない。

 結果、水海は『繋』――――本名は日笠というらしい彼と無理に戦わねばならなくなった。


 それが致命的だった。

 あそこで引き返せたら能力が壊れてしまうこともなかっただろう。

 回復の兆しもないが、そこは時間が経てば自然回復する可能性もあるので諦めないでおく。

 当面の問題は、呪いを能力抜きで解かなければならないことだ。さすがにそれは厳しい。超常現象は超常の力によってしか解決できないだろう。


 なら、他の人にやってもらうしかない。

 そして幸運なことに、一番力のある能力者が近くにいる。

 日笠は何度も呪術師の呪いを解いていた。なら、この死に至る呪いも解けるのではないか。

 彼は、現時点で国内最高の能力者だ。試してみる価値はある。

 それに、ついでに彼の協力を得られれば、ここから脱出することも可能だ。わざわざ逃げなくてもどうせ少年院は何年もせず出られるだろうが、裏で監視体制を敷かれるだろうからそこの対策にも力を貸してもらえたら大変助かる。


 ネックになるのは当然彼が敵であること。

 水海のことを憎んでいるに決まっているし、すぐに仲良くなって協力してもらうなんてのは難しいだろう。

 しかし、これさえ乗り切れば後は何とかなりそうな気がする。

 一つ切り開ける道があるとしたら、それは彼がさほど熱心な敵ではなかった点だ。

 日笠は戦うのが好きじゃないと、何度も衝突していてよく知っている。それに優しい性格で、彼はなるべく相手を傷つけないように戦っていた。

 そこにつけ入る隙があるのではないか。

 ないかもしれないが、とりあえずやってみるしかない。


 まずは彼と仲良くなる必要がある。

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