第9話 七月二十二日(2)


「くっそー、全然違うじゃん!」

「ぎゃはは! 騙されてやんのー、マジうける」


 緑川の誤った誘導によって全然スイカじゃない場所を叩いてしまっていた水海が、目隠しの布をとってぴょんぴょん跳ねている。

 あれから川に着くとすぐにスイカを冷やし、その間川で三人で遊んだ。

 案外緑川と水海は意気投合したらしく、最初は水をかけあっていたが途中からは楽しそうに遊びだしてほっとした。

 スイカが冷えたのでスイカ割りに移行することになって今に至る。

 河原にブルーシートをひき、その上にスイカをのっけてある。棒はなぜかちょうどいい木の棒があったのでそれを持ってきていた。


「次、日笠やれよ」

「あー……俺目ぇつぶっててもスイカの場所くらいわかるから」


 体質によって、意識しなくても周囲三メートルくらいにある物の位置関係がわかってしまうのだ。これは癖というか自然にできているので、切ろうとして切れる機能ではない。


「そういやそっか、残念だな。じゃあオレがいい感じに三等分してやるよ」


 言って緑川は水海から目隠しと棒を受け取る。彼も高位の能力者だが、戦闘系ではないのでまた日笠とは体質が違うのだろう。


「……このスイカ三人で食べ切るつもりなのか」


 日笠はぽつりとつぶやいた。

 緑川が持ってきたスイカはかなりでかい。もっと大勢で食べるか、何日かに分けて食べるのが適切だろう。

 まぁ別に余ったら余ったでいいのか、と隣に流れる川を眺めながらぼんやり思う。河原は近くに木があって、日陰になっていて涼しかった。

 川の流れる音と、二人が遠くではしゃぐ声がなんとなく心地よくて寝そうになる。

 緑川がスイカを割ったが、かなり滅茶苦茶な感じに割れてしまったようだ。水海がげらげら笑った後、こちらに向かって手を振ってくる。


「日笠くーん! 割れたよ! スイカ食べよー!!」


 その笑顔がまぶしいような気がしたのは、差し込む日差しのせいだろうか。




 結局スイカはほとんど緑川と水海で食べ切ってしまった。


「うっ、すごいおなかいっぱい……水分がたぷんたぷんしてる」


 家に戻ってくると、水海は縁側で転がった。

 日は暮れはじめていて、夕焼けであたりはオレンジ色に染まっている。


「だから食べすぎだって言ったのに……」

「スイカは絶対その日のうちに食べきるべきなの!」

「そうだぞ日笠」

「なんでお前らそんなに意気投合してるんだよ……」


 本当に不思議なくらい仲が良くなってしまった。

 水海は起き上がる。


「汗かいたなー。シャワー浴びてきていい?」

「どうぞ」


 彼女は割と綺麗好きらしく、しょっちゅう風呂に入りたがる。止める理由もないので求められれば許可を出していた。

 水海は小さくスキップしながら廊下に出て風呂場の方向へ向かって行く。


「緑川も次入れば?」


 水海をいかせてから、お客様なのだから先に行ってもらうべきだったと気付く。


「いや、オレもう帰るから」


 緑川がそう言いだしたのは少し意外だった。


「泊まってけばいいじゃん。今から帰るの大変だろう」


 ここから帰るのはかなり時間がかかる。当然彼も泊まるつもりで来たのだと思っていた。

 率直にそう日笠が告げると、緑川は息をついた。

 その目が妙に冷めていて、思わず冷や水を浴びせられたような気になる。


「……今日までお前のことほっといて悪かった。言い訳なんだが、オレも滅茶苦茶仕事振られて身動き取れなくて」

「え、何言ってんだよ。緑川の方がよっぽど大変だっただろ。今日来てくれただけで嬉しいよ」


 急に流れが変わってしまったようで、慌てて元の調子に戻そうとするけど、緑川はそれを許してくれなかった。


「もう遅いかもしれないけど、今からでもこの仕事を降りたほうがいい。少なくとも隔離方式を変えて、あいつと接触しない方法にしよう。なんだったらオレが上官に掛け合うからさ」


 言い方が妙に優しくて、そのアンバランスさが余計に恐怖を増幅する。


「いきなりどうした? この仕事は俺にしかできないからって上司からも言われてるし……」


 それにここまで準備してもらって降りるわけにはいかないだろう。


「大丈夫だよ、案外うまくできてる。水海も大人しくてびっくりするぐらい普通の良い子だし」


 きっと日笠のことを心配してくれたのだろうと、安心させるようなことを言ってみるが彼の表情は依然として固い。


「だからだって。……あいつは、本当に……ヤバい奴なんだぞ。他の能力犯罪者の比じゃねぇ。レジスタンスの仲間を裏切って、あんなとんでもないことを……」


 水海は最後の最後で仲間を裏切った。後から話を聞くに、目的のためだけに協力していただけで最初から仲間だとは思っていなかったようだ。

 そして、彼女の目的を果たそうとした。


「それなのに、それ忘れるくらい普通の、普通の奴だった」


 はっとした。

 彼の言いたいことが、ようやく分かった。


「なんつーか……情っていうのかな。そういうのが湧く前に、離れたほうがいい。一か月後に死ぬって分かってんだろ」


 口は悪いが人のことを思いやれる人だ。なんで口が悪いのか不思議なくらいに。

 緑川は、日笠が水海と仲良くなりすぎてしまうことを心配していたのだ。

 もしかしたらそれを確かめに来たのかもしれない。

 一か月後に死ぬと分かっている人を気に入ってしまったら、きっと死ぬときにショックを受ける。


「……水海と仲良くしてるように見えたかもしれないけど、それはまぁ、かなり長い間二人でいなきゃいけないからそうしてるだけで、俺は仲良くしてるつもりないよ」


 日笠は絞り出すようにそういった。


「あいつのせいで戦わなきゃいけなかったんだし、今もちょくちょく思い出しては恨んでるから」


 口から出てくる言葉が空を切ってるのが分かる。空回りしていることを自覚していても喋り続けるしかなかった。


「帆景も言ってたんだけど、一か月後に死ぬって分かってるから優しくできるってのもあるだけだし。……だから大丈夫だって」


 本当に大丈夫なのか?

 言っていて自分でもわからなかった。

 一か月後に死ぬから優しくできる、それはただ帆景の言葉をなぞっているだけじゃないのか。これは、本当に自分もそう思っているのか?

 取り繕うようにへらへら笑うことしかできない。

 思えば組織にいたときはいつもこんな感じで誤魔化していた気がする。緑川の前でだけは取り繕わなくてよかったはずなのに、なんでこんなことになっているのだろう。


「心配してくれてありがとう」


 そう言ってみると、緑川は深く息をついた。それがため息なのかどうなのか日笠には判断がつかない。


「……もう一つ心配してることがあんだけど、ついでに言わせてくれ」

「……何?」

「お前、あの呪術師――――『呪詛』つったっけか。あいつの呪い、何度か解いてたよな」


 その言葉で、彼が何を指摘しようとしているのかわかってしまった。落ち着かなくて、ポケットに手を突っ込みそこにあったスマホを硬く握る。手に汗がにじんでいてつるつる滑った。

 彼の言う通りだ。反抗組織レジストのリーダー格である『呪詛curse』。彼女が駆使する多種多様な呪いは、ほとんど日笠の能力で解呪可能だった。

 そして、水海に呪いをかけたのも、『呪詛』である。


「お前なら、水海にかかった呪いが解けるんじゃないか?」


 核心を突くその質問に、日笠は答えることができず下を向いた。


「……オレは、お前がこれ以上苦しむところ見たくねぇよ」


 そこに降ってくる言葉が優しくて、余計にいたたまれなかった。

 緑川は予知能力者だ。

 彼には、一体、どんな未来が見えているのだろう。

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