第5話 七月二十一日(1)


「では当面の方針として、新しいことを試して好きかどうか確認するってのでいいよね?」


 朝食後、お茶を二人で飲んでいたところで水海がそう切り出した。


「あぁ、好きなこと探しのことか」


 昨日の昼頃に話していたことだ、と日笠は思い出す。

 日笠が心から好きだと言えることを探そう、と二人で決めたのだが、先に今後の料理当番についての詳細と食料在庫の確認をしておかねばならないと気付いてそっちを優先した。色々やっていたら夜になってしまい、一晩寝たらすっかり忘れていた。


「いやそうよ。忘れないでよ、私昨日からずっと考えてたんだから」

「ごめん。ありがとう」


 自分のことを考えてくれていたというのは素直に嬉しかった。


「新しいことね……何しようか」

「考えてたんだけどさぁー、ここで出来ることってなると結構少ないよね」


 水海は縁側の外を見る。

 最初、水海は軍関係の施設に留置されていた。セキュリティの観点から地下室で、マジックミラーと監視カメラで常時監視する万全な体制。しかし当然ながら日笠もその監禁生活に付き合うことになり、あまりに精神的に限界だったのでせめて外に出られないか相談したのだ。そのとき丁度、近隣住民からの苦情やデモが激化してきたので、山奥にあるこの家に移送されてきたのだった。


 この拠点としている家から半径三十キロ以内に民間人はおらず、警備担当や生活支援担当者が待機しているくらいだ。それは万が一水海に能力が戻って戦闘になった場合に人的な被害を最小限に食い止めるための措置だった。

 この体制でも勿論周辺住民の反対はあるが、絶対にゼロにはならないので仕方がない。誰だって、「あなたの家の隣に不発弾を埋めます」と言われたら、たとえ爆発しないと分かっていても嫌だろう。

 それはさておき、今の問題は、「ここから出ることができないので出来ることが限られる」ことだ。


「遊びに行くとか無理だしーあんまり専用の機材が必要なものとかもできないよねぇ」

「そうだなぁ、まぁこの周辺を散歩くらいは出来るけど……正直何もないんだよな」


 本当に人家と、あとは畑がある程度だ。

 一応半径十キロ以内なら自由に出歩いてもいいことになっているが、当然誰もいないので店も営業していないし遊ぶような場所もない。


「か、川遊びくらいは出来るよ」

「……確かに。でも、正直言ってもうお判りだと思うけど、俺はあんまりそういうのではしゃげるタイプではないんだよ……」

「それは薄々分かってる」


 川遊びでテンションを上げられるの、ある程度の素質がいる。


「あー、友達と一緒に遊ぶんだったら楽しめそうだけど……そうだな、趣味を見つけるなら一人で出来ることがいいかも、って昨日も思ったんだ」


 話をした直後に考えたことがあったのを今思い出した。

 複数人でしか出来ない趣味だと、どうしても「友達とやっているから楽しい」のではないかという疑惑が取り除けない。

 日笠が本当に心から好きなことを見つけるには、一人で出来ることが一番良い。


「うんうん、そうだね。日笠くんがそうしたいならそうしよ!」


 水海は元気よく同意したあと、ぴたっと動きを止めた。


「? どうした?」

「いやぁ……私が考えてきたやつって、大体二人以上必要かもなぁと……」

「考えてきてくれてたの? 例えばどんなやつ?」

「えーと、川遊びとか鬼ごっことかかくれんぼとか缶蹴りとか」


 水海は指折り数えつつ教えてくれる。

 考えてきてくれたこと自体はうれしいのだが、その内容は素直に称賛しがたかった。


「……なんか小学生っぽいラインナップ、だね?」

「しょ、しょうがないじゃん! なんかここ小さい頃来た親戚の家に似てて、その時従姉妹とかとやったこと思い出しちゃったんだもん!」


 必死に弁解する水海がおかしくて小さく笑いを漏らしてしまう。


「そっか。俺も小さいときやったよ、鬼ごっこ」


 小学生のとき友達とやった遊びは楽しかった気がする。小さい頃のことなんてあまり鮮明にはおぼえていないし美化している部分もきっとあるだろうが、少なくとも今よりは何事も純粋に楽しめていただろう。


「みんなやるよねー鬼ごっこ。でも年齢的な部分を考慮しなくても、一人じゃできないから無しってことで」


 水海は気を取り直して仕切り始めた。


「でも私がこんな小学生っぽいラインナップしか提示できなかったのは理由があってですね……あるんですよ」


 あんまり気を取り直せていなかったかもしれない。まださっきのやり取りを引きずっているらしい。


「そうなんだ。その理由とは?」


 かわいそうなのであんまり突っ込まず先を促す。


「一般的な趣味っぽいことってもう結構やっちゃってるんだよ。映画鑑賞とかゲームとか読書とか!」

「あー、確かに……」


 その理由は頷けるものだった。

 映画を見たりゲームをしたりするのは、これまでの人生で何度もやってきたことだ。それでもあんまり胸を張って好きとはいえないのだから候補からは除外される。


「それ以外だと……なんだろ。一人でこの辺で出来て……」


 改めて考えると思いつかない。


「でしょ? けっこーむずくない?」

「むずい。舐めてたな……」


 しばらくうなっても何も見つからない。

 スポーツ系は大体複数人必要だし、収集系の趣味は金がかかる。好きなものを買っていいと上司からは言われているが、最初の頃にゲームを結構買ってもらったのでこれ以上はおねだりしづらい状況にある。それに購入してもらったものはこの期間が終わったら返却しないといけないので、そもそも買って集めることにあまり意味はない。


「ネットで検索してみるか」

「それはいいかもね」


 スマートフォンを持っているのは日笠だけなので、結果を水海にも見せつつ調べてみた。

 あまり期待せず、ためしに

「好きなこと 例」

「好きなこと 見つけ方」

「好きなこと 一覧」

などの検索ワードで検索をかける。

 その結果、日笠は静かにブラウザを閉じた。


「……自己啓発っぽいサイトしか出てこなかったね……」


 好きなこと見つけてより人生充実させちゃお★みたいなテンションのサイトばかりで気疲れした。


「もうだめだなインターネットは……」


 水海はツイッターにいるおじさんみたいなことを言い出した。

 少しは参考になるサイトもあったのだが、これまで出た意見と同じだったり場所に制限があるものが多かった。


「いちおイラスト製作とかできそうなのもあったけど……正直どうですか、日笠くん。絵の方は」

「美術の授業でやったけど、苦手だなー。自己表現全般、ちょっと」


 自分を作品で表現する系は、自分の矮小さが現れていそうで忌避感が強い。


「そっかぁ……ま、ここでなんか絵とか描いたらめちゃくちゃ人に見られるもんね」


 水海は天井の隅に視線をやった。そこには半球型の監視カメラが設置されていて、赤いLEDが点灯していた。水海を監視するために、この家のいたるところにカメラがある。その映像は軍によって常時チェックされているはずだ。


「だよな……俺の部屋だったらカメラ無いけど、あんまり水海から目を離すわけにいかないから」


 最低限のプライバシー確保のために日笠の自室にはカメラがないが、着替えるのに使うくらいだ。ちなみに浴室とトイレにもついているという権利侵害っぷりだが、日笠の使用時にはオフにできるシステムになっている。しかし微妙な居心地の悪さは未だに慣れない。


「うーん、あとはやっぱ、知り合いに聞いてみるとかがいいんじゃない?」


 二人で考えるのは限界と見切ったか、水海はそんな提案をした。


「いいかもね。友達の好きなものってちゃんと聞いたことないから知らないし」


 多分これでは、という予測はつくがそれも思い込みかもしれない。


「私には友達がいないので日笠くん頼みになりますが」

「そもそも友達がいても外部と連絡取らせられないからな。俺も友達少ないけど、聞いてみるか」


 日笠は早速、一番連絡の取りやすい友達に連絡してみることにした。スマホを使って電話をかけると相手はすぐに出た。


帆景ほかげ、今ひま?」

『あ、日笠ー? ……まぁ、ひまっちゃひまだけど。どしたの?』

 いつも元気な彼女の声に、なぜか疲れた雰囲気が漂っていたのが気になった。

「帆景なんかあった?」

『え? あーべつに。今荷物運んで拠点に戻ってきたとこなんだけど……暑すぎじゃねー? まじしんどくてさぁ』


 帆景は日笠の仲間で、瞬間移動の能力者だ。今はここから少し離れた家を拠点として監視役と物資の運搬業務を担っている。一般の輸送業者はこのあたりに立ち入れない。そのため警戒線のところまで輸送業者に運んでもらい、帆景がそこから瞬間移動で中継地点をいくつか経由したうえで拠点まで荷物を輸送し、最終的に日笠たちの住む家に物資を運んでくれているのだ。瞬間移動の射程的にこういった二度手間にならざるを得なくて、なかなか大変らしい。


「帆景暑いの苦手だもんな。……良かったら俺、ちょっと荷物取りに行こうか? 暇だし」


 日笠とは能力の形式が違うので想像するしかないが、瞬間移動はかなり気力を消費するそうだ。移動させる物体が重いと尚更らしい。


『まじー? じゃあちっこいの頼もっかなー。でかいのはあたしが直接飛ばしちゃうから』


 いつも助けてもらっているし、少しくらいは手伝いたいと思っていた。それに、ついでに話を聞くこともできて一石二鳥だ。

 台車みたいなのがついた自転車があるのであれで行けばいいだろう。時間はあるし体力も有り余っているのでなんなら何回往復したっていい。どうせすることもないのだ。


「今から行くよ。ついでに話したいことあるんだけどいい?」

『おお、日笠があたしに? いいよーついでにおしゃべりしてよー。じゃー待ってんね!』

 電話を切り、水海に知らせると

「暇だしいいんじゃん?」

と言われたので支度を始める。


 みんな暇を持て余しているのだ。

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