鼻頭のお化け

「死んで,お姉ちゃん」

 妹がそう呟くのが聞こえる。なんで,の三文字が,私の頭をめぐる。

「どうしたの,鏡」

 妹は「鏡」と言う名前だ。いつだって,私たちは一緒だった。距離が近い,と言うわけではなく,何が起こるにも同じ時間,時期,症状。インフルエンザで苦しむのも,一緒。好きな人も,一緒。でも,性格は全然違ったし,何か行動する時も,いつもばらばらだった。

 今朝の,鏡との会話を思い出す。あの時は,鏡の頭にもやがかかっているのを見て,私にももやがかかっているのか,そう考えた。

「鼻頭になんかいるよ」

「え,やっぱり?」

「うん」

「あ,鏡は頭の上になんかいるよ」

 思えば,あれがおかしかった。いつも通りなら,鏡にも鼻頭にお化けが取り憑くはず。

『我慢できるものも,暴走させる』

 妹は,私に殺意を抱くほど,私を憎んでいたのだろうか。とにかく,私の人生はこれで終わりかもしれない。

「ごめん」

 何が癪に触れたかはわからなかったが,心が潰される前に,謝った。私の心か,鏡の心かは分からない。

 もう死ぬんだ,そう諦めた途端,真っ白に視界が染まって,思わず目を閉じた。瞼を開けると,急に照らされ,目を押さえて呻く鏡が見えた。そして,今度は鏡が倒れた。どうやら助かった,らしい。鏡は気絶している。頭にいた幽霊は,もう見えなかった。

「なんで」

 しばらくしてから,連くんが口を開く。

「ああ,やっぱりあれは守護霊だったんだよ」

「あれ?」

「ほら,鼻頭の」

 そう言われて,また鼻頭を触る。特に何もなかった。

「まだまだ研究途中だからよくわからないけど,一つ言えることは,鼻頭のお化けは頭の怪物を知っている,ってことだね」

 駄洒落好きな私は,それを聞いて,

『nose head ghost knows head ghost』

 noseとknowsでは苦しいと思ったので,言わないことにした。そもそも,鼻頭のお化けは英語で『ノーズヘッドゴースト』なんて安直なものではないだろう。

「あああと,僕の持論だけどね。守護霊っていうのは,恐らく生霊だと思うんだ」

「生霊,ですか」

「そう,生霊です。生きている人間の思いから生まれた霊だね」

 なら,生霊の生みの親に感謝しなければならない。しかし,カメラで自分を見たところ,もうお化けはいなくなっていた。

「もしあのお化けの持ち主に会ったら,惚れちゃうかもなあ」

「惚れちゃうんだね」

 連くんはいつもの無表情の中に少しだけ,悲しさを覗かせた。りんごのイヤリングが,からんと音を立てて揺れる。それを見て,私はあの時,カメラで鏡が襲ってくるのを見た時に,ちらっと見えた鼻頭の幽霊の姿を思い出す。

「連くん,今日はありがとうございました」

「いや,役に立てたなら良かったよ」

 あのお化け,りんご柄のイヤリングをしてたな。

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ノーズヘッドゴースト 宇宙(非公式) @utyu-hikoushiki

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