ゼミ
矢武三
ゼミ
外回りの途中で通りがかったお寺の掲示板。
「ゼミ……?」
半紙に毛筆で『ゼミ 八月十一日 午前九時 本堂 無料』と書いてある。
興味が身体中を駆け巡る。
お寺の掲示板はちょくちょくオモシロ名言───『法語』というらしいが───を出してるから、これもひょっとしたらそういう大喜利っぽいやつの講習ではないか。
飲み会のネタにもいいし、会社でおもしろい人とタグ付けされれば受付嬢のミミ子さんの気を惹けるかもしれないし、うまくすれば結婚もできるかもしれない。うまくいかなくても何らかのスピリチャル体験は得られるはず。ワンランクアップにはいい機会だ。
スケジューラーアプリに日付を入れ……会社に戻るなり有給休暇を申請。昨今の働き方改革に迎合してる会社のおかげで、一週間前も切っているのにすんなりと受け入れられた。なあに、上司に詰問されてもお寺の講習会に行くと言えば、意識が高くて結構となるはず。
ポジティヴに小躍りしながら迎えた当日。
朝から暑い中お寺に行くと、老若男女が門前に結構集まっていてやいのやいのとやっている。
ほどなくして開門。若いお坊さんの案内で、本堂の方へと導かれた。
「では順番に座布団へと正座してください」
正面、金ぴかの像に向かうように、一人ずつ紫色の座布団へと静かに正座していく。
(……お? なんだろうこれ)
座布団の前にはひとつずつ、小さな黒い塗り箱が置かれている。何か入っているのだろうか。めちゃくちゃ気になるが……右も左も背筋をしゃんっとして目を閉じ、既に瞑想モードに移行している。さすがだ、意識が高い。
まもなくしてヘビーアーマーみたいな法衣を着た貫禄の住職が登場。横一列に正座する皆の前、真ん中あたりに立った。
「知るも知らぬも本館の住職、『蝉゛丸』と申します。今日はよろしくお願いいたします」
全員住職の礼に従い頭を下げる。
それより今の口上みたいなのと、名前───
「今日のゼミは『逝くも還るも』でございます。皆さまの目の前の黒い箱。そちらには命の灯が収められております。まさしく逝くも還るも皆さま次第。では一人ずつ、参りましょう」
何を言っているのかわからない。
だがみんな会釈しながら受け入れている。
障子もみんなあけっぱなオープンスペース。あやしい啓発セミナーとかじゃないとは思いたいが……
右端のおばちゃん。住職に促されて黒い箱をそっと持ち上げる。
そこに現れたものを見て、少しぞくっとした。
虫……虫の死骸のように見える。黒い何かに数本の脚っぽいものが、遠目にぼんやりと見える。
「こちらはどうやら逝かれたようです。どうかお見送りを」
住職の言葉に、懐紙で〝黒い何か〟を包み、おばちゃん退場。
次のおじさんも同様の手順で進む。静かに……厳かに。
そして三人目……ここから二つ隣。
中高生ぐらいの女の子が黒い箱を開けた時、床に転がる何かの正体がやっとはっきり見えた。
蝉だ、セミ。
セミの死骸だ。
ということはこれ……さっきから神妙そうに、蝉をお見送りする儀式をやっているのか。いったい何のために。『ゼミ』だの住職の『蝉゛丸』って微妙な名前だのは関係あるのか。
揚々と高かった意識がわけわかめの中へと沈んでいく中、どうでもよくなった自分の番がやってきた。
また促されるまま、ぞんざいに塗り箱を開けてみると……
ブブブブブバババババババッ!
「うわあ───っ!?」
蝉が復活。
びっくりして思いっきりのけぞった。
高く高く舞い上がり、堂内をぐるりと一周した蝉は、再び高速に舞い降り───住職のつるつる頭にバチンッとヒット。蝉はそのまま本堂の外へと飛び去っていった。
「……青年、よくぞ還してくださりましたな」
蝉渾身の体当たりも意に介さず。
住職はそそと近くまで歩み寄ってきて───
「はいぃ───っ、〝命〟っ!」
両腕を斜め下に、片ひざを上げ、あの芸人がやっているポーズをキメた。
何故か周りの若いお坊さんも、残った講習者たちも皆、キメた。
「これにてゼミは終了でございます」
「何なんだよいったい!」
叫びがエコーめいて響く。
ともなって、住職も周りの誰も、無言で撤収していく。
やがて誰一人居なくなり───
堂内にたった一人たたずむ自分。
外庭から突如として一斉に鳴り響く、割れんばかりの蝉の声に包まれていく。
正面に目をやると、金ぴか像が、こちらへと微笑みかけていた。
<おわり>
ゼミ 矢武三 @andenverden
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