第5話 流行病と正体

 帝都から西に馬車で丸一日ほどかけたところに見える涼しげな街並み。

 不治の病が流行するこの街に、俺とミリアは喜び勇んで駆けつけた。

「へぇ〜、ここが水の街、ヴェールダムですか。キレイな街並みですね」

「ああ、そうだな」

 蜘蛛の巣のように街中に張り巡らされた水路が特徴的なこの街は、その水路のおかげで物流が盛んなのだが

「……活気がないな」

「そうですね」

 街の中は病の影響か、明らかに活気に欠ける様子だった。

 普段は水路を盛んに行き交っている船も今はほとんど姿が見えず、以前は露店が並んでいたであろう通りも今はいくつかのテントがまばらに並んでいるだけだった。

 どうやら、不治の病が流行しているという話は間違いではなかったらしい。

 たまたま目についたテントの方まで歩いて行き、商人に話しかける。

「おい、少しいいか」

「あ? 悪いが船が止まって品物が届かねえんだ。何も売るものはねえよ」

 テントの中には気怠げにしている男が1人いて、確かに大したものは置いていないようだ。

「船が止まっているというのは、例の病が原因か?」

「ああ、そうだよ。全く参ったもんだよ」

 よし、確かに病は実在するらしい。

「やったなミリア。とりあえず病があるのは本当らしい」

 テントから離れながら隣をちょこちょこと歩くミリアに話しかけた。

「よくないですよ。病気が流行ってみんな困ってるんです。不謹慎ですよ、死神さん」

「暗殺者に不謹慎とか言われてもな。それより、ミリアはそんな風に考えるだな。死にたがりのお前なら喜ぶと思ったが」

「喜んだりしません。死にたいのは私だけですから」

 相変わらず、よくわからんやつだ。


 その後、ミリアと少しの間人気のない街をぶらついてから宿によった。

 普段なら街1番の宿を取るのだが、今回はミリアを病で殺すのが目的なので、大衆向けの宿をとっておいた。

「ひっ、一部屋しかとってないんですか⁈」

「そうだが」

「そっ、そうですか……別に深い意味はないですよ?」

「いや、聞いてないが。何を動揺してるんだ」

「そりゃ私だって立派なレディですし?」

「ミリアの場合はレディと言うよりバ——」

 キッとミリアが無言で睨んでくる。危ない危ない、口を滑らせてしまいそうだった。

「言っときますけど、だいぶ手遅れですからね」

 不機嫌そうなミリアを尻目に見ながら部屋のドアを開ける。後ろからの視線が痛い。

 室内はそこそこな大きさで、2人寝る分には特に困らなそうだ。適当な場所に荷物を放って身軽になる。

 やはり両手がふさがっているというのはどうしても落ち着かない。今日はミリアの荷物を待たされたから尚更だ。

「えいっ!」

 後ろから何やら声がして振り返ると、ちょうどミリアがベッドに勢いよく飛び込んでいた。

 しばらく上下するベッドの上で気持ちよさそうな顔をしている。

「……俺たちは遊びに来たんじゃないんだぞ?」

「いいじゃないですかちょっとぐらい。死神さんはケチです。貧乏神です」

 んなわけのわからんことを言われても。

「ふざけてないでさっさと準備しろ。飯の時間だ」

 俺はそう言って宿を出る準備をする。

「はーい」

 気だるげな声音を背中に浴びながら扉を開いた。


 先ほどから、俺は夕飯を食うためにミリアと2人で適当な酒場が集まった通りをうろついているのだが

「死神さ〜ん、せっかく旅行に来たんだからもっとお高いお店に連れてってくれてもいいんですよ? 死神さんってそういうの詳しそうじゃないですか」

「ミリア、俺たちがなんでここにいるのか分かってるのか?」

「……観光ですか?」

「違う! あくまで、お前を殺すためだ!」

 そう、俺たちの目的はミリアを殺すことであり、そのために不治の病が流行っているというこの街まで足を運んだのだ。決して美味いものに舌鼓を打つためじゃない。

 ミリアに病を患わせることが目的なのだ。そのためには大衆的な酒場の方が理にかなっている。

 以上のことをミリアにこんこんと話すと、彼女は渋い顔をして

「ん〜、残念です。じゃあ今度どこかに行く時は美味しいお店に連れて行ってくださいね!」

 俺は本来ミリアを殺すためにここまで来たんだが。

「まあ、そうだな。その時はとびきりの店を紹介してやろう」

 まあ今回の計画が失敗したら、連れて行ってやってもいいかもしれないな。

 結局、俺たちは通りの真ん中ほどの位置にある大衆酒場に入ることにした。

「いらっしゃい」

 店内に入ると、カウンターの方から店主らしき人が無愛想な挨拶をして俺たちを迎えてくれた。

 あまり広くない店の中は夕飯時だというのに閑古鳥が鳴いていて、病の脅威を肌に感じることができた。

 店主の案内に従って適当な席に座って、壁にかけられたメニューボードを眺めていると、店主が水の入ったグラスを持ってきた。

「ふぅ〜、喉乾いちゃいました」

 ミリアはそう言いながらグラスを口に運んだ。

 俺もそれに合わせるようにグラスを口に運ぼうとして、手を止めた。

「これは……」

「ん? なんかこの水変な臭いしませんか? 気のせいかな……」

 ミリアは小首を傾げてグラスを色々な角度から眺めている。

 はっきり言って彼女の言ってることは正しい。

 この水からはわずかばかりであるが、確かに異臭がする。それも、ただの臭いではない。そしてこれは限りなく薄い臭いであるが、俺たちなら気づくことができた。

「あ! この水ってもしかして——」

「この間俺が作った毒薬、あれを薄めたものだろうな」

 忘れもしないあの強烈な臭いが、脳裏に蘇った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る