第4話 死神と新しい日常
「俺がミリアを、必ず、殺してやる」
それから、俺はミリアを殺すために日々の大半を費やすようになっていた。
彼女の体は鋼鉄——いや、アダマンタイトもびっくりなほどの強度を誇っていて、これまで俺が用いていた殺しの術は全て効果が見られなかった。
おかげで俺は新たな手段を模索しなければならず、何か新しいことを思いついては毎日のようにミリアの家に押しかけていた。
「ミリア、入るぞ」
「はい、どうぞ。——ってうわっ! なんですかこの臭いは」
「いきなり失礼だな。これは新作の毒薬だ。自信作だぞ、今度こそいける」
俺は手に持っていた小さな瓶を少し持ち上げて、ミリアに見せつける。
「ここ最近どんどん毒薬の臭いがキツくなってませんか? 正直これ以上臭いのを飲むのは嫌ですよ」
これは最近になってわかったことなのだが、ミリアの体はすこぶる頑丈だが味覚や嗅覚は普通の人間と比べても大差ない。
むしろアンダーグラウンドな環境で育った俺よりは敏感なぐらいだった。
そういえば、依頼に来た時もステーキを不味そうに平らげていたような気がする。
「悪いが臭いにまで気を配っていられない。早く慣れろ、というか早く死ね」
「ひどいですっ! いくら殺しに来てるからってそんなこと言うなんて、死神さん最低っ」
「あのなぁ、俺は殺しが仕事の人間なんだぞ? 元々最低な人種なんだよ。つまらん冗談はいいから早く飲め」
そう言って毒薬の入った小瓶をミリアに渡す。
「うげぇ、本当にこれ飲むんですか? 死神さんちゃんと味見しましたか?」
「するわけあるか! 死ぬだろ俺が」
「もう、わがままですね。……んくっ、んくっ」
いちいち文句をつけながら、ようやくミリアは毒薬を飲み始めて
「だばー」
「あっこら吐くんじゃない! せっかく作ったのに」
「流石に不味すぎです! やってられないですこんなの!」
そのあとは結局ひとしきり言い合った挙句、散らばった毒薬の後片付けまでさせられて散々な目にあった。
ミリアは今日も死ななかった。
「ミリア、入るぞ」
その日も俺はいつものようにミリアの家に来ていた。
ここ最近は、特に新しい殺人方法を思いつかなくても、なんとなく彼女の家に顔を出すようになっていた。
「えっ、ちょっちょっとま——」
ミリアがいつもと違う返事をした気がするが、すでに俺は慣れた手つきでミリアの部屋の鍵を開けて中に入っていた。
「「あっ」」
部屋に入った瞬間、2人の驚きの声が重なって響く。
ミリアは多分風呂上がりとかだったのだろう。
彼女はバスタオルを手に持っているだけで、あとは生まれたままの姿でそこに突っ立っていた。
相変わらず凹凸の少ない体型で、絹のような肌は少し湿っている。少女と言うに相応しい彼女の体は、100年以上生きている人のものとは到底思えなかった。
綺麗だな、なんてありきたりな感想を抱いていると、いつもは白い顔を真っ赤に染め上げたミリアが叫び声を出した。
「きゃあっ!」
それを聞いて我に帰った俺は慌てて部屋の外に出てドアを閉める。
「わ、悪かったな。勝手に入って」
「きっ、気をつけてください」
互いの声音は若干上擦っていて、動揺を抑えきれていなかった。
自分の心臓の鼓動が、いつもより早くなっているのがわかる。少なくとも、仕事中でもこんな風にはなったことがない。
「もうっ、……死神さんのえっち」
ドア越しにミリアの言葉が小さく聞こえてきた。
その瞬間、ガシッと自分の心臓を掴まれたような心地になった。一体どうしたっていうんだ、俺は。
その日は部屋で2人でいるのが気まずすぎて何を話したかよく覚えていない。いや、何も話さなかったような気がする。
またある日、俺がいつものようにミリアの家に向かっているとその近くにある露店の商人から声をかけられた。
「おっ、にいちゃん最近よく見かけるな」
「ああ、そうかもしれないな」
「もしやミリアさんのとこに通ってんのか」
「まあ、そうだな」
露店商の言うことはあってはいたが、俺はミリアを殺しに行っているのでなんともばつの悪い反応をせざるを得なかった。
「へぇ、やっぱりミリアさんとこの。あの人が男連れ込むなんてなぁ」
露店商は物珍しそうに俺を眺めてから、そう呟いた。
そうか。老いることのないミリアは、きっと恋愛などに興じることはできなかったのだろう。
「そうだ。どうせなら串、買ってけよ。ミリアさんとこに持ってくならオマケするぜ」
「そっちが俺を呼び止めた目的だったのか。なんか癪だが、まあ買ってやろう。2本くれ」
「はい、まいど」
俺が代金を払うと、店主は人受けのいい笑みを浮かべて串焼きを2本渡してきた。
「なんだ、オマケはどうした」
「ん? ああ、西の方の町で正体の分からん病が流行ってるらしいから気をつけろよ。なんでも、一度かかると確実に死んじまう不治の病らしい。気をつけろってミリアさんに伝えといてくれ」
「……それがオマケだと?」
「ああ、そうだ」
店主はそう言ってニカッと笑って見せた。
「この商売上手が。んなもん何の得にも——」
待てよ? 確実に死ぬ病? これは使えるかもしれない。少なくとも調べてみる価値はある。
俺は気がつけば串焼きの入った袋を持って、ミリアの元へ走り出していた。
ダンダンと、強くドアをノックする。
「入るぞ、ミリア!」
「はい、どうぞ」
ミリアが了承したのを聞いてから、俺は倒れ込むように部屋の中に入る。
「どうしたんです? そんな息を荒くして。珍しいですね」
ミリアの問いかけに、俺は息を荒くしながら答える。
「西の町だ! そこでミリアを殺せるかもしれない!」
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