Day?? 日常の終わり
小さな村での温かな日常。穏やかな日々。
幼なじみの少女と、遊んで、学んで、成長して。大人になってお互いの生き方を考えるまで……。せめて子供の間だけは、平和な日々が続くと思っていた。
あの日、あの大人達がやってくるまでは。
秋の日だった。
曇天が村を覆う。遠くからは黒い雲が流れてきており、間もなく雨が降る事を予感させた。
しかし子供は天気など考慮するはずはなく、今遊びたいのだから遊ぶものだ。雨の直前まで十分な時間がある。女の子は、今日はどうしようとご機嫌な表情で考える。彼は特別意見しなかった。少女の提案は嫌いじゃなかったし、そもそも自分に選択肢はないからだ。
女の子が彼の名前を呼ぶ。すっかり心に決めたような、晴れやかな表情だった。
「そうだ! 今日はね……」
「いたぞ」
「ああ、間違いない」
ひどく冷たい声が広場に響いた。こちらに向けられた声だ。
彼は声のした方を振り返る。役人の女と、一月前に中央からやってきたという学者の男、同じく中央からの教職者の男だ。大人たちはなにやらこそこそと話しながら、まるで品定めでもするように少女を見る。
「な、なんだろ、あの人たち……」
「どうせろくでもない話だろ」
「でも、あの女の人……村の偉い人でしょ。失礼なことしたら、パパとママが困っちゃう……」
その言葉に、彼は言葉を詰まらせる。
彼らに大人の事情は理解できないが、子供にだって分かることがある。あの女の目はいつだって冷たい。それに、以前彼を蔑むように鼻で笑うことだってあった。
自分一人であれば無視してもいい。不快だが慣れたことだ。けれど、彼女は――彼女は将来を期待されている。本人も嫌がっているし、大人とぶつかり合う事は避けた方がいいのかもしれない。
彼は周囲を窺い見た。間もなく雨が降る。周囲に頼れそうな大人は誰一人いなかった。
その時だ。役人が男二人に顎で指示を出す。突如、少女の体がふわりと浮かび上がった。役人の女が少女に魔法を使ったのだ。
彼は思わず目を見開き、少女の名前を叫ぶ。助けを求めるように、少女も彼の名前を呼んだ。お互いがお互いを求めて差し出した手は、無慈悲にも届かない。
なにもできぬまま、少女は学者の男に抱えられた。
「おいお前ら! なにするんだよ!」
彼女が掠われるかもしれない。
咄嗟に掴みかかろう踏み込むが、女の魔法で容易に吹き飛ばされた。
それでも怯まずに立ち向かおうとする彼へ、教職者の男が諭すように告げる。
「これから彼女は神子になるのです」
「は――?」
彼は目を見張った。
神子とは、エルフの女性だけが就ける神職である。その莫大なる魔力をもって常人では為し得ない魔法を自然のために使い、神の使いである精霊の声を聞き、この世の生命を正しい方向へと導く存在だ。
けれど、誰もが神子になれるわけではない。神子の素質を持つ存在は、生後すぐにリイヴという鳥が青い羽根を落とす。それによって、生まれた子供が神子へと進む定めかを知るのだ。
無論、少女にそんなものはなかった。仮に羽が落ちた赤子が生まれれば村中騒ぎになる。見落としはあり得ない。それに、後釜だなんて聞いたことがない。
「こいつにリイヴの羽根なんて落ちてない! こいつは神子じゃない!」
「神子になるのですよ。今からね」
教職者の男は笑顔で言い放った。
大人が作る汚い笑顔だった。子供を馬鹿にしている顔だ。都合のいいように操りたい時の酷い顔だ。それは、なにを言っても意味がないことを表している。
だから彼は、言葉を使う事をやめた。
右手に魔力を込め、学者の男に狙いを定める。見たところ、男二人には大して魔力がないようだ。せいぜい怯ませればいい。その間にあいつが逃げてくれれば。男をギッと睨み据え、魔法を放とうとした瞬間だった。すっと頭の集中が途切れたかと思うと、体が地面に叩き付けられる。
そこだけ過剰に重力が働いたかのように、彼は地面に突っ伏した。体が重い。首を動かすことがせいぜいで、体は動かせない。魔法を使う余裕もなかった。おまけに喉にも違和感を覚えた。辛うじて呼吸はできるが、言葉が出ない。
少女が不安げに彼の名前を呼ぶ。
「やめてよ……ひどいことしないで!」
「そちらも黙らせます」
女の冷酷な声が響く。
魔力の重圧に耐えながら、彼は辛うじて大人達の顔色を窺った。男達はやや困惑している。少女は眠らされたようで、ぐったりとしていた。
そんな少女に冷ややかな視線を向けた後、彼の方を一瞥する。蔑むように目を細め、感情のない声で男達に告げた。
「今後あれを近づけないように。『神子様』が穢されては困りますので」
「はっ」
そうしてすぐ、男二人の冷たい視線が向けられた。
彼は、荒い呼吸のまま彼らの背中を睨み付けることしかできなかった。
大粒の雨が土の地面を濡らす。
一粒、二粒と降った直後、本降りの雨となった。雨粒が地面を叩き、瞬く間に道の端に水たまりを作る。建物の屋根からはパラパラと雨音がうるさく響いた。
体の自由が戻る頃には、彼の体中は雨に濡れていた。
右手を、地面の土ごと握りしめる。滑りのよい感触と、少し固い乾いた感触が混ざった。奥歯をきつく噛み締める。呼吸は荒いままだった。湿った髪がぴったりと頬に張り付き、雨粒が何度も何度も彼の頬を伝っていく。
なにも考えられなかった。
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