第十二話 人
謁見が始まってしばらくは特筆するようなことは何もなく、淡々と近況報告がなされた。ハストックハリウ領域内の小教会の司祭の叙任、貢納された租の量、領内裁判の死刑判決を下した件などなど。今まで何代にも渡って行われて来たことと何の差異のない謁見が続いた。
「して…」
事務的なやり取りも終わった時、バャン3世がほんの些細なことに興味を持たなければ、何事もなく、終わっていたはずなのだ。
「ヤトゥーシュ・カトワフといったか…ダンジャル・カトワフの子か」
バャンの力の入っていない、のっぺりと重い声がカトワフの耳に入ってくる。その重さは威厳として認識される。それには聞く者に自然と口を開かせる力があった。
「はっ…我が父ダンジャルと懇意にしてくださっていたとのこと、父に成り変わり感謝申し上げます」
「ふむ…朕の記憶違いでなければ、汝の上には1人男児がいたはずだがな、その方は来れなかったか…」
「神裁は何もかもお見通しでいらっしゃいます。確かに、兄が1人おります。ですが」
カトワフの脳裏には自分よりも長身で、賢く、強く、そして優しい兄の姿が浮かんでいた。その姿は3年前に武装姿で家を後にしたまま止まっていた。
「名誉あることに、我が兄ゾルゾラクは異教徒との聖戦に赴いており、先日も戦勝をあげたとの一報がございました。我が一族から神裁の制裁に参加できる者が輩出され、それだけでなく聖下にも覚えられているとは…感動の極み、至極の喜びと存じます」
それを聞くとバャンの声に力が入った。先程までの無気力、無関心を体現した声とはまるで違っていた。
「ほっほっ殊勝なことだ。そうか、聖護軍に参加しておったのか…。よかろう、汝の兄の善行に汝の疑問に答えることで報いるとしよう。何でも良い、遠慮などせず、1つ質問をしてみよ」
この時のカトワフの心境は、まさに宗教画の神地そのものであった。神にも近い存在に自分の意思で質問ができる。人1人の人生の中でも訪れるないことの方が多いはずの名誉。
「ありがたき幸せに存じます。それではお言葉に甘え、1つお聞き申し上げます」
カトワフにはどうしても聞きたいことがあった。裁皇から許しが出なくとも、何かしらの手段で聞こうと思っていた。あの父ですら、最近はよく気にすることを。
「我が兄ゾルゾラクと率いる隊は健在でいらっしゃいますか?」
「ん、長兄の配属先は聞かされておるかな」
「はい、クユシュ王国はガドバン、サルマニーレ城に」
カトワフがそう言うと、バャンの機嫌は、より一層良くなった。そのことをカトワフは彼の発した声の声色から察することができただろう。しかし、彼にそこまでの余裕はなかった。何故なら、尊敬すべき人物が、悪魔にも似た存在だと思い知らされたから。
「おお、あの玉砕した」
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