第十話 幕間
「ラルーニ」
「はい、ヤトゥーシュ様」
「…長すぎないか?」
この会話がなされているのは謁見期間中に待合室として使われている
「ヤトゥーシュ様、大変申し上げにくいことですが、この会話もう8回目ですよ?」
ラルーニが耳に手を当てる仕草をしながらカトワフを見つめる。床に毛布を敷いているとは言え、彼らのとっている体勢はかなりの負担となる。熟練の騎士であっても、好んでこの体勢をとる者など皆無だろう。そこに8回も同じことを聞かれ続けるという苦難が降りかかれば、それはもはや地獄の諸行である。
ラルーニが苦痛を表情に全面展開している様子を見て、カトワフはどこ吹く風と言わんばかりに鼻で笑った。彼もラルーニと同様、苦痛を味わっているはずなのだが…。
「ふっ…お前も気づいているだろ?私は一定した間隔をとってこの質問をしている」
「あ…気づきませんでした」
ラルーニが申し訳なさそうに軽く頭を下げる。ただ謝罪の意思を示すためだけに下げたのではなく、カトワフの表情を見るためだった。そして、ラルーニの目的は達成された。カトワフが眉間に皺を寄せ、心外この上ないといった感じの表情をしているのを確認できたからだ。
「…私が言いたいのは、8回も同じ質問をしなくてはならないほどに待たされているということだ」
「なるほど、確かにそうですね…と言いたいところですが」
ラルーニの言いにくそうな表情をカトワフは不安な気持ちで見つめる。彼が非定形を用いたとき、その口から辛辣な事実が告げられることをカトワフは長年の経験から理解していた。
「途中から間隔が乱れてましたよ?1回目と2回目の間隔を基準としていたのなら、ですが」
「…」
「…」
沈黙は時には人の負った傷を癒す時もある。この時はそうであった。特に、彼らのおかれた環境はその効果を増大させた。なにしろ、彼ら以外に謁見待ちをしている者は1人としておらず、人として認識するべきかどうか判断できない僧侶2名を除いてマド・マジューレは彼ら2人だけの世界だった。だがそれ故に、沈黙は長引けば寂しさを産み落とす。先程までは周囲に信者や他国の代表がおり、まだマシな環境だった。しかし、今となっては何の慰めもない。
「あゝ…長い…」
カトワフの悲痛な声が静かに反響する。温かみにかける白色の石積みによって反響するからか、返ってくる声はその悲哀を増長させていた。
2人の受難者が救われたのは、カトワフの質問が6回追加されてからだった。この受難によって最も鍛えられたのは、おそらく騎士ラルーニであったことだろう。以後彼に我慢強さが身についたことは、関係者の口を揃えるところである。
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