第8話 やっぱり平和が一番です。

 鷲生は、鷲生自身も結構な年齢のオバはんですが、その両親も当時としては割と高齢出産で鷲生を生みました。そして、父親は上の兄弟たちから一回り以上離れてからできた子です。


 すると何が起きるのか。


 戦争体験が身近なんですよ……。


 父の長兄は出征して戦死しており、鷲生の生まれ育った家にはその肖像画がありました。

 軍服を着た若い男性です(歩兵っぽい感じの軍服です)。


 また、鷲生が高校生くらいまで同居していた祖母が健在でしたが、「日本遺族会」からの郵便物が届いていました。


 父は戦争時には旧制の中学生であり、神戸空襲で焼け野原になった街を歩きました。

(あの『火垂るの墓』で有名な空襲です)。

 家屋が焼け落ちても水道管は生きてて、あちこちからシャーシャーと水が吹きあがっていたそうです。

 父は、黒焦げの死体が転がる神戸の街を、その水道管の先を潰して回ったのだとか。


 また、母も幼い頃の大阪大空襲の記憶がおぼろげながらあると申しておりました。


 焼夷弾が降る中を淀川の河川敷に避難し、落ちてくる爆弾が花火のようにきれいだと見上げていたところを、「なにしとるんや! 危ないやないか!」ど知らない男の人に頭を掴まれ、河原の砂利に押し付けられたのを覚えているそうです。


 父はそのまま神戸で暮らしておりましたので、1995年の阪神淡路大震災で被災しています。

 あの時も神戸の街は瓦礫の山と化しました。鷲生も神戸の実家に物資を届けに行ったものです。見慣れた街が焦土となるのは辛いですよ……。


 しかしながら、阪神淡路大震災時の父は言っていたものです。

「日本中がやられた戦時中に比べたらマシや。どこかから助けは来る。あの戦災の後でも立ち直ったんや。神戸は今度も必ず復興する」と。


 反対に言えば、戦争を知らない世代にとっては、阪神淡路大震災や東日本大震災の被災地から戦禍の苦しみを想像することになります。


 昔、コラムニストのナンシー関という人がいまして。

 洞察力が鋭くて、私はファンだったんですけれども。

 阪神淡路大震災の被災地の報道を見て、以下のようなことを書いておられました。

「震災報道を見て怖いと思う。ただ、災害の被害そのものだけではない。死に対する恐怖はそれはそれとしてあるが、それとは別に、日常を奪われて避難場所でぼうっとしてる人たちの姿に、この便利で快適な暮らしが崩壊することの恐ろしさを感じるのだ」と。


 私たちは毎日蛇口をひねれば飲料も可能な水道水を使うことができます。暑けりゃ冷房、寒ければ暖房です。もちろん屋根もあればプライバシーが保たれた家もある。

 だけど、被災すると……。


 皆さん、地震や洪水など災害に遭われた方々を見て「大変だ……」と思うでしょうし、ご自身が体験されたら二度とゴメンだと思うでしょう。


 戦争というのはわざわざ人災を起こすようなものです。イヤに決まってるじゃないですか。


 もう一つ、私がイヤなのは……。


 私の実家は「名誉の戦死者」を出したわけですけれども。

 夫の親戚が、さらっと「ウチも戦時中は徴兵対象だったんだけど、親の力で免除になったんだよね~」と言ったことがあるんですよね。


 それが本当なら、第二次大戦中に、当時の「上級国民」様は「徴兵逃れ」ができたということです。しかも、それを悪びれずに口にする……。


 私も「戦争反対」さえ唱えれていれば平和が実現するとまでお花畑な考えはありませんし、例えばロシアなんかはロシアなんですから、防衛力は現実的に必要だと思いますよ。


 だけど、攻めてくるかもしれないヨソの国も信用できないけど、同じ日本人であるはずの権力筋も信頼できないんですよ。


 別に政治思想の右左ではありません。

 左翼と呼ばれる思想を奉じる国だって、戦争はしますからね。

 権力者が身内を徴兵逃れさせるのは、思想の右左を問わないでしょう。


 どの政党が国の舵取りをするのであれ、彼らのやるべきことは戦争回避です。

 必要なら防衛力を持つのは仕方ないかもしれないけど、使わないようにするのが責務です。

 もし使うんなら自分の子弟から前線に送り込むようにしてほしい。


 ※そういえば井上達夫さんという東大法学部のエライ先生の『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください――井上達夫の法哲学入門』という本でも似たようなことが書かれています。

(この方、本当にすごくて、ジョン・ロールズや、『これからの正義の話をしよう』「ハーバード白熱教室」で有名なマイケル・サンデルと切磋琢磨された仲だとか)。


 井上達夫さんは憲法9条の削除を主張しておられます。

 別に戦争できる国にしたいわけではなく、必ず「全く例外のない徴兵制度」を採用したうえで、9条を削除すべきだとおっしゃるのです。


 戦争になれば自分や我が子の命が危ない。そのような条件を付したうえで、一回一回その都度、覚悟と自覚をもって戦争を回避すべきだというご主張だったと記憶しています。

(憲法に文言があるからという「形式」ではなく、いわば「内実重視」の平和主義とでもいいますか……)。


 今日は終戦記念日です。

 鷲生は、この日には「やっぱり平和が一番です」と思うのです。

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