青年期 208

「…あー…なるほど。そういう感じね」



ドードルとは流儀が違うようなので分身の俺は切り替えるように呟いて馬を走らせる。



「逃げるか!」


「まさか。場所を移すだけだよ」


「ふん、どこだろうと同じ事よ」



男の槍を構えながらの発言に分身の俺が反論すると男は強気で返して後ろからついて来た。



「…よし」


「隙あり!」



…5分ぐらい走らせたところで馬を止めると男は馬を走らせたまま槍を突いてくる。



「残念」


「なっ…!」



分身の俺が片手で祈るようなポーズを取って手の甲で刃先をズラすようにいなすと男は驚愕しながら横を通り抜けて行く。



「なんという胆力…!下手をすれば片手を失っていたぞ…!」


「下手をしなければ良いだけの簡単な話でしょ」


「…簡単にいってくれる…!化物め!」



驚きながら馬を旋回させる男に馬を止めたまま分身の俺が返すと男は力の差を悟ったかのように呟いて再度槍を構えた。



「…流石に騎馬戦で素手ってのは辛いな…リーチが短すぎて攻撃方法がねぇ…」


「…ふっ!」


「…おっと」


「っ…!?」



分身の俺は弱音を吐きながら相手の倒し方を考えてると男が腹をめがけて槍を突いてきた…



と、思いきや急に太ももに狙いを変えるので体勢を少し崩してでも避けると槍の刃先が馬の横っ腹を掠めていく。



「おおっと、ごめんよ」



すると馬が痛みでヒヒン!と鳴くので分身の俺は変化魔法の極技その2を使って傷を治し、無詠唱の回復魔法で痛みを癒す。



「…そうか、俺が避けると馬に当たるか…ならば…」


「…馬から降りた…?」



分身の俺が馬を気遣って降りると男は不思議そうな顔で槍を構えながら突撃してくる。



「…とうっ」


「なにっ!?ぐっ…!」



分身の俺は迫ってくる馬の足に組み付き、バランスを崩した馬が男ごと転がり倒れた。



「くっ…!」


「ていっ!」


「っ…!」



そして急いで起きようとする男の頭を兜の上から殴って気絶させる。



「ふう…流石に騎馬戦を素手では難しいか…」



分身の俺は息を吐いた後に転んで倒れてる馬を変化魔法を使って治し、男を後ろに乗せて馬と一緒にさっきの場所へと戻った。



「…この一騎打ちでは俺が勝利した!約束通り退け!」


「なっ…!」


「なんだと…!?」


「やっぱり噂通りだったのか!」



軍勢の所に戻って直ぐに分身の俺が勝利を告げるとやはり敵兵達がざわつく。



「落ち着け!みんな一旦落ち着け!」



…このまま逃亡的な撤退をされると怪我人が多数発生しそうなので分身の俺は一喝して一旦兵士達を冷静にさせる。



「いいか!よく聞け!我らは追い討ちはしない!相手を殺してもいない!だから約束通り確実に、そして迅速に撤退せよ!」


「お…おおー!」


「おおー!」


「「「おおー!!」」」



静かになった後に号令をかけるように命令を下すと敵兵達は何故か敵である分身の俺に呼応するかのように一人、また一人…と拳を挙げて声を上げ始めた。



「撤退だ!」

「退がるぞ!」

「退け!」

「退くぞ!」


「き、貴様ら!なに勝手な行動を…!」


「待て!勝手に動くんじゃない!」



統率が取れたように後ろを向いて歩き出す兵士達に現場指揮官達は慌てた様子で必死に止めようとするが、兵士達は聞く耳持たずに歩いて行く。



「じゃあこの馬と大将もよろしくね」


「くっ…!貴様…!この屈辱…!!忘れはせんからな!!」


「ははは。忘れといた方がいいよ、そんなつまらない思い出は」



もう一頭の馬に乗せた指揮官ごと敵に引き渡すと現場指揮官の一人が負け犬の遠吠えのような捨て台詞を言い出し…



分身の俺は笑っておちょくるように返して味方の所へと戻るため、馬を走らせる。





ーーーーー






「…お」



完全に日が昇っている時間帯に移動先へと着くと兵士達が設営作業をしてる中、分身のお姉さんは外側で簡易的な椅子に座って本を読んでいて分身の女性は近くで剣を素振りしていた。



「…あ、戻って来ました?」


「…どうだったんだい?」



分身のお姉さんが気づいて本から目を離し、分身の女性は素振りをやめて近づいてくる。



「いやー、軽く足止めする予定が一騎打ちになってね。そのおかげで敵は少し撤退してるよ」


「なんだって?じゃあその勢いのまま進んだ方が良かったんじゃ…」


「まあそうなる。とりあえず報告してどうするか聞いてみようか」



分身の俺の簡単な報告に分身のお姉さんが判断を誤ったかのように呟き、分身の俺は肯定して指揮官や作業中の兵士達の判断を仰ぐ事に。



「…でもよく一騎打ちに持ち込めたもんだね。こんな状況だと明らかに足止めだと分かりそうなものだけど…」


「敵軍が出撃する直前に直接申し入れに行ったら最初はやっぱり断られた」


「でしょうね。『お約束』でしたっけ?いつもの事です」



歩いてる最中に不思議そうに聞いてくる分身の女性に分身の俺が経緯を話すと分身のお姉さんは笑いながら返す。



「んで、しょうがないからもう一度申し入れるために名乗りを上げたんだけど…『猟兵隊』の名前を出した途端に兵士達がパニック状態に陥って直ぐにでも逃げそうなほどビビり散らしてくれてね」


「…なるほど。敵の大将は士気を維持するためにあんたとの一騎打ちを受けざるをえなくなった、って事か…流石だね」


「単騎で敵陣に近づいて名乗りを上げるのって坊ちゃん以外に聞きませんもんね…疑う余地が無いだけに敵の兵士達はさぞかし怖かった事でしょう」



分身の俺が続きを話すと分身の女性が理解して納得したように呟き、何故か誇らしげに笑うと分身のお姉さんは敵兵に同情するかのような事を言う。

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