青年期 53

…翌日。



分身の俺は朝早くから右翼に展開している味方の所へと向かう。



「…来たか。部下に話は通してある。日が昇るまでの間、好きなタイミングで向かうと良い」


「ありがとうございます」



味方の兵達と合流すると指揮官がやって来て気を利かせてくれるので、分身の俺はお礼を言って早速正面の軍勢へと近づく。



「やーやー!我こそは傭兵団『猟兵隊』の団長なり!前回のソバルツの侵攻を食い止め、追い返した当時の司令官本人なるぞ!」



分身の俺が馬に乗ってある程度近づいたところで名乗りを上げるとやっぱり敵軍から矢が飛んで来る。



「…お」



鉄の棒で全て叩き落としていると矢が飛んで来なくなり…



なぜかまたしても騎兵が大量に突っ込んで来た。




「…学習能力ゼロかよ…それとも信じてなかったのか…?」



分身の俺は呆れたように呟いて馬を歩かせるようなスピードで後退する。



「…よし。行け」



矢の範囲から離れた所で分身の俺は鞍に立って後ろを向き、馬に指示して軽く足の裏で叩いて目前に迫る敵に向かってジャンプした。



そして変化魔法を使ってセイレーンの喉に部分変化させ、わっ!と大声で音波を発する。



「…っ…!」


「な、なんだ…?うおっ!?」


「なにが…うわっ!?」


「っ…!う、馬が…!?」



セイレーンの技であるパニックボイスを放つと昨日と同じく騎兵達は咄嗟に耳を塞ごうと手綱から手を離し…



馬達は動きを止めた後に暴れるように兵士達を振り落とし始めた。



「よーしよし。おいで~」



分身の俺がセイレーンの技で音波を操りその場に居た敵の軍馬を全て奪うとさっき乗っていた馬が戻ってくる。



「あ!う、馬が!」


「ま、待て!どこに行く気だ!」



落馬した兵士達を放置して馬に乗り、分身の俺は奪った馬達を引き連れて味方の所まで戻った。



「…また敵の馬を奪ったのか…!」



…すると何故か戦列の先頭にいた指揮官が戻ってきた分身の俺を見て驚愕する。



「俺の仕事は終わったんで今から戻ろうと思いますけど…馬使います?」


「ありがたい!そうだな…500頭ほど都合してくれ」


「どうぞどうぞ。余った残りの馬はまた砦に引き渡して来ますので」



昨日と同じく2000頭近い馬を引き連れながら分身の俺が確認すると指揮官が喜んで必要な数の馬を受け取り…



残った1500頭近い馬を引き連れて砦まで撤退した。





「…ただいまー」


「あれ、お帰りなさい。早かったですね」



日が昇り始めた頃に馬に乗って宿営地に帰還し、テントに戻ると分身のお姉さんが意外そうに言う。



「敵の馬を奪っただけだったからね」


「セイレーンの強歌や弱歌は使わなかったんですか?」



分身の俺の返答に分身のお姉さんが少し驚いたように…意外そうに確認してくる。



「いやー、アレ使っちゃうと傭兵団の出番無くなるよ?下手したら今日中に終わるから味方の兵達が過大評価されて、次から俺らに依頼が来なくなるかもしれないし」


「…サポート特化の魔法なので『声が届く範囲内の味方限定の全体強化』、『敵限定の全体弱体化』ですもんね…確かに」


「まあ依頼が来なくなるだけなら『最悪…』で済むかもしれないけど、コレで調子に乗って返り討ちにあった挙句に…でヤバい状態になってから依頼が来られると大変でしょ?」


「…そうですね。流石坊ちゃん。先の見据え方が凄いです」



変な誤解や勘違いをされないように、今回使わなかった理由を事細かく話すと分身のお姉さんは納得した後に褒めてきた。



「まあそれは建前で、ただ単に面倒なだけだったんだけど」


「ええー、なんですかそれー」



分身の俺が笑いながらちゃぶ台をひっくり返すようにボケると分身のお姉さんも笑って返す。



「だってこの前みたいに俺に全権が任されてるならまだしも…ってかそもそも防衛戦って言っても自国の領土で戦ってるわけじゃないんだからあんまり派手にやりすぎると敵が可哀想だし」


「可哀想って…まあ、確かに坊ちゃんが本格的に動くと『弱い者虐め』みたいになっちゃいますけど…」



分身の俺の余裕の発言に分身のお姉さんは少し呆れたように呟いた後に同意する。



「でしょ?自国の領土から追い払うなら弱い者虐めにはならない正当な理由になるけど、いくら『国境を守るため』って言っても他所の国で暴れるのは違う気がする」


「でも最初に仕掛けて来たのはアッチですし…」



分身の俺が敵国に配慮してる理由を話すも分身のお姉さんは納得いかなさそうに反論した。



「…確かに。なんで一回逆転でボロ負けしたのにわざわざもう一回攻めて来たんだろうね?」


「やっぱり舐められてるのでは?可能性が高いから実行に移すわけですし…」



完膚なきまでに叩き潰して力の差を思い知らせないとまた来るかもしれませんよ?と、分身のお姉さんがヤンキーだかヤクザみたいな理論を展開してくる。



「う、うーん…否定したいけど一理ある…」


「ですよね?」



分身の俺の困惑しながらの呟きに分身のお姉さんは強気で笑いながら聞く。



「…もし、もう一度攻めて来るような事があればその時は先生の言う通り完膚なきまでにぶっ潰してみるよ」


「…勢いで偉そうに言ってしまいましたが、歴史上では実力差を認める事が出来ずに無謀な攻めを繰り返して滅亡した国もあるんですよね。なのでソレが争いを止める手段になるかどうかは…実際やってみないと分からないです」



少し考えて分身の俺が意見を取り入れるかのように言うと分身のお姉さんは微妙な感じで笑って前言を訂正するように返した。

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