青年期 52
…その夜。
分身のお姉さんと夕食を食べていると砦の外の前線で兵達の指揮を執っていた指揮官の一人がテントにやって来る。
「何か用ですか?」
「馬を譲ってくれた礼を言いに来た。感謝する」
「いえいえ。流石にあの数ともなると自分達で世話するのも大変ですし、逃すのももったいなかっただけですので」
分身の俺の問いに指揮官はわざわざ礼を言うために来たらしいので分身の俺が謙遜しながら馬を譲るに至った理由を告げる。
「…前回の戦いでは大量の武器を調達し、今回は馬…一体どのような方法を使えば戦場でこんな事が出来るのだ?ここまで継戦のための能力に突出している奴など聞いた事が無いぞ」
「敵から奪っちゃえばいいじゃないですか。簡単な事ですよ?」
指揮官の問いに分身の俺は軽い感じで適当に答えた。
「…『簡単な事』ならばとうの昔に実行している。そんな簡単な事では無いから聞いているのだ」
「なるほど…ではこれ以上自分から言える事は何もありませんね」
少しイラッとしたような指揮官に分身の俺は遠回しに『実力不足』で『弱い』という意味を含めた言い方をする。
「…侯爵のお気に入りだからといってあまり調子に乗るなよ?」
「もしかして言いがかりをつけに来たんですか?さっきはお礼を言いに来た、って言ってましたよね?」
「貴様…!男爵ふぜいがこの俺を愚弄するか!」
指揮官が脅してくるので分身の俺が揚げ足を取って煽るように返すと指揮官の表情が変わった。
「まあまあ、馬を譲ったんですからソレに免じて収めて下さいよ。それが大人の対応というやつでしょう?」
「くっ…!礼を言いに来て損したわ!二度と来るか!」
分身の俺がその場を収めるために恩を着せると指揮官は怒りを一旦は我慢するも、捨て台詞を吐きながら出て行く。
「…どうかしたのか?何があった?」
「あ、いえ。ちょっとお互いに言い方が悪かっただけです」
味方の右翼を指揮していた指揮官が不思議そうにテントに入って来ながら尋ねるので分身の俺は軽く濁して状況を伝える。
「そうか。先に聞いたとは思うが馬の件で礼を言いにきた。感謝する」
「いえいえ」
「その礼といってはなんだが…俺達に出来る事があれば言ってくれ。可能な限り融通をきかせるよう努力しよう」
…さっきの人とは違い、今度の指揮官はちゃんとしたありがたい対応をしてきた。
「あ。では遠慮なく。二つほどお願いがあるのですが…」
「なんだ?」
「一つ目は騎兵の訓練がしたいので教えるのが上手な人を何人か一週間ほど貸してくれませんか?」
「騎兵の訓練か…分かった。早速手配しよう」
分身の俺の要求に指揮官は意外そうに少し考えて了承する。
「二つ目は…えーと…なんて言えばいいか…右翼の戦闘が始まる前に俺に名乗りを上げさせてもらえません?」
「…前回のようにか?」
分身の俺が考えながら要求すると指揮官は過去の例を挙げて確認してきた。
「はい。もしかしたら撤退してくれるかもしれませんし、敵の士気が下がってくれればありがたいかな…と」
「確かにそうなればやりやすくはなるが…敵が話を聞かずに攻撃して来た場合には味方が間に合うか分からんぞ?」
「あ、俺の事は放置してて大丈夫です。迷惑かけないよう自力でなんとかしますので」
分身の俺の肯定に指揮官が不測の事態になった場合の断りを入れてくるので分身の俺は何があろうと責任は一切問わない事を告げる。
「そちらがそれで構わないのであれば問題はないが…」
「逆に俺が戻って来るまで動かないでくれるとありがたいです。一騎打ちが起こるかもしれませんし」
「…分かった。部下達にはそのように伝えておこう」
「ありがとうございます」
「ではまた明日」
指揮官は微妙な顔で分身の俺の要求を受け入れると挨拶をしてテントから出て行く。
「…坊ちゃんは明日戦場に出るんですか?」
「うん。敵の騎兵を減らす事で侵攻速度が少しでも緩くなれば…と思ってね」
分身のお姉さんの問いに分身の俺が理由を話すと…
「セイレーンの技は動物に有効ですもんね。…問題は敵味方関係なく影響を及ぼすから単騎で敵陣に飛び込まないと効果が発揮出来ない…という、とんでもない欠点ですが」
分身のお姉さんは微妙な感じで笑いながら何故か釈迦に説法のような解説をし始めた。
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