第3話 元レースクイーン
結局、あともう一回して、総武線の最終ぎりぎりに飛び乗った。
メールが来た、理恵からだった。
「今夜はありがとうございました、また会ってくださいね」
丁寧な仕事をするなあと亮は思う。
「こちらこそ楽しかったです、よろしく」
終わった後で仕事の話をしたら、びっくりされた。だろうと思う。だから一回やるまではあえて言わなかったのだ。
「私、逮捕されちゃうんですか」
「なんで」
「だって、売春」
亮は理恵の唇に指をあてた。
「売春とは、対償を受け又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう。なにびとも売春をし、又はその相手方となってはならない」
「え、なにそれ」
「売春防止法の条文、俺と理恵はであったばかりだけれど、恋人同士でしょ、しかも大人の、何で逮捕されるの?」
「そっか」
理恵は笑った。
とりあえず一人は確保かな。総武線の快足に揺られながら亮は思った。
翌日は、掃除と洗濯、単身赴任というより、一人暮らしというのは何十年ぶりだろう。
食事を作る気にもならない。だいたい一人分の食材を買えばほぼ無駄になるような気がする。
何処へ行こうと思い、千葉に行ってみることにした。転勤してきて二か月になるが、千葉に行くのは初めてだ。
「きゃあ、とも」
急に後ろで女性の声がした。ホームから改札に向かうエスカレーターだ。
振り返れば、三歳ぐらいの女の子が上から転がって来た。
やば、亮はとっさに腰を落とした。体重をつんのめる寸前まで前に掛ける。
女の子は腕の中に転がり込んできた。ここまで、多分一秒未満の時間だ。
「大丈夫かい」
女の子は一瞬きょとんとして、そして大声で泣いた。うわ、しゅ、周囲の目が。
「ありがとうございます、手から離れちゃって」
茶髪にミニスカート、スタイルも顔も美人だが、ちょっとけばそうな女性がエスカレーターを駆け下りてきて頭を下げた。
母親の顔を見て安心したのか、女の子はピタッと泣き止んだ、となればエスカレーターの上で動くのはかえって危ない。
「よかったね、エスカレーター降りるまでこのままで待ってね」
「すみません」
乗降客の妨げにならない場所を探すと、亮は女の子を下ろした。
「大丈夫? 痛いところとかない」
「うん、とも、大丈夫」
「ともちゃんていうのか、よかったね、エスカレーターは危ないから、気を付けるんだよ」
女の子は母親の脚にしがみついて、困った顔をしている。
「ほらちゃんとお礼を言いなさい」
「いいですよそんなの、じゃ」
「あの、これからご予定は」
母親が、遠慮がちに尋ねた。
「なにもありません、休みなんで街をぶらつこうかなって」
「それじゃ、お茶でもご一緒にいかがですか、助けていただいてこのままバイバイってのも」
「いや、別にほんとにお気遣いなく」
「誰かと待ち合わせなんですか?」
「いいえ、単身赴任でこっちに来たばかりで、待ち合わせをするような人間は」
母親はニコッと笑った、自分の笑顔の威力を熟知している顔だ。
「なら、お願いします」
「おじちゃん一緒に」
女の子が母親の加勢に回った。
とはいえ、子供を連れていけるところはそう多くない、結局近くのファミレスに入ることになった。
女性の名前は近藤貴和といった。二十五歳、旦那は内装の職人をしているという。彼女自身は、かつてレースクイーンをしていたという。成程、笑顔とスタイルがいいはずだ。
話をしているうちに軽くビールでもと佐紀は言い出した。もっと、話を聞いてほしいということらしい。
子供がいるのにいいのかなっと思ったが、少しならということで結局飲むことになってしまった。
彼女は誰かに愚痴を聞いてほしかったみたいだ。子供ができて結婚して、旦那は最近冷たいし稼ぎが少ないし。俺に聞かせてどうするんだというたぐいの話。そこで突然気が付いた。誘われている、と。
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