英雄の終わり

低田出なお

英雄の終わり

 馬鹿が釣れた。

「うお、なんだこの剣!?」

 俺を握ったガキは、生命力が吸われていることに驚く。それでも周囲の雑魚どもを一蹴出来ているところを見ると、ある程度の実力を有してはいるらしい。

 その事を裏付けるように、このガキの生命力は、悪くない味だった。

「おいブラス、大丈夫か?」

「なんとか……あれ、これ、離せない!」

 慌てるガキどもの様子は実に愉快だ。苦心しているが、そう簡単に呪いは解けない。伊達に魔剣と呼ばれているわけではないのだ。警戒もせずにダンジョンの武具を手に取る、お前たちのような馬鹿に解除できるものではない。

 これは良い。これはちょうどいい馬鹿だ。もう数百年ほど寝ているつもりだったが、良いおもちゃが手に入れた。

 さてさて、この馬鹿はどれくらい持つだろう。

 強引に刀身を鞘に収納させ、鍔をカチカチと鳴らした




****




 馬鹿がしくじった。

「お爺ちゃん! 大丈夫!?」

「くっ…やはり、年には勝てんな……」

 蹲る馬鹿は、孫への不意打ちを庇い、腹に穴を開けている。

 全く、情けない話だ。もう10年も前なら、あの程度の雑魚に不意打ちなぞさせなかっただろう。

 技量の衰えはそれほど感じない。やはり衰えているのは基礎体力。そして、それに付随する反射速度だ。判断力や思考力も、全盛期と比べれば、半分にも及ばない。

 馬鹿は周囲を見渡し、全ての敵を倒したことを確認する。安堵のため息を吐こうとするが、代わりに血の塊を吐き出した。

「しっかりしてお爺ちゃん! すぐに家に戻るからね!」

 馬鹿の孫は周囲に魔法陣を展開し、詠唱を始める。

 転移魔法だ。この歳で人を飛ばせるほどの魔法を使えるのは大したものだが、いかんせん経験不足だ。もっと実践的な訓練を積ましておけば良かったものを。

 しばらくして転移が成功すると、こちらの様子に気がついた馬鹿の家族が、血相を変えて飛んできた。

「父さん!」

「ああなんて事、すぐに教会へ」

「いや、いい……助からん」

 馬鹿は貫かれた腹を撫で、呟く。かつて旅をともした、あの小五月蠅い魔道士がこの場にいれば、助かることだろう。しかし、あいつは先日葬式をしたばかり。どうやらこの馬鹿も、後を追うことになるらしい。

「ルイツ、よく聞け」

 馬鹿は家族を近くに呼び寄せると、絞るように、それぞれに最期の言葉を告げ始めた。

 その言葉を聞き流しながら、俺は馬鹿の間抜けな冒険を、じんわりと思い出していた。

 思えば遠くまで来たものだ。

 気まぐれに死なない程度に生命力の吸収を留めていたら、まさかこちらと生命力の綱引きを始めた時は驚いた。今思えば、あの時からこの馬鹿の才能の片鱗は見えていたのかもしれない。

 成果を上げ、宮廷に招かれた際は痛快だった。

『たとえ呪われていようとも、この剣は私の相棒です。呪われた装備では宮殿に入れないというのなら、今回はご遠慮させて頂きます』

 親衛隊を前に切った啖呵は馬鹿そのものだった。せっかくの昇進のチャンスをみすみす捨てるその様は、どこまでも愚かだった。

 魔王と相打ち、私が砕けて呪いが解けてもなお、破片を集め、修復してもらうよう頼んでいたのは、本当に間抜けだった。

『褒美ですか……でしたら、この剣を直していただけませんか。ここまで共に冒険してきた、大切なものなのです』

 あの場にいた誰もが、俺が魔剣だということに気づいていただろう。何より、魔剣を振り回していたこの馬鹿の存在は、広く知れ渡っていた。

 あまりにもくだらない要望に、向こうから土地やら財産やらが提供される様は、下手な吟遊詩人でも歌わないような絵面だった。

 そうして与えられたのどかな土地で、だららと暮らして早数十年。

 子供も孫も生まれ、後はくたばるだけだろうと思っていたが、こんなにみっともない最期とは。王国名誉剣士の名が聞いてあきれる。情けないったらありゃしない。

 はあ。情けないったらありゃしない。

「それから…私を棺に入れるとき、この剣を握らせてほしい」

 …。

「今ではもう魔剣ではないし、墓荒らしに狙われるようなものでもないだろう。……だが、私にとっては、唯一無二の、戦友だ。よろしく、頼む」

 そう言うと馬鹿は、突き立てた俺を握る両の手の甲にそっと額を当て、静かに、息を引き取った。

 …。

 全く、最後の最後までくだらない馬鹿な男だ。よりにもよって、家族に吐く最後の言葉がそれとは。かつての仲間が聞けば、頭をはたかれていたに違いない。

 泣き崩れる馬鹿の家族は、しばしの嗚咽のあと、ゆっくりと立ち上がって馬鹿の体を抱き起した。

 馬鹿の息子が、俺を握る手を解こうとする。しかし、すぐにはっとし、逆に馬鹿の掌に力強く俺を握らせた。

 …どうしてこうも、余計なお世話ばかりする性格が受け継がれてしまったのだろう。人間の遺伝とは、末恐ろしいものである。

 結局この瞬間から、馬鹿が棺に納められ、無駄に豪勢な葬式を終えて埋葬されるに至るまで、俺は馬鹿に握られたままだった。

 土をかけ終わり、物音がしなくなった真っ暗な棺の中で、また、何十年振りの退屈な時間が始まる。

 次に地上へ這い出るのはどれくらい先だろう。百年か、二百年か。

 いや、もう俺は魔剣ではないのだ。仮に地上に掘り返されても、きっと溶かされて終わる未来が想像できる。

 つまり、ここが俺の、実質的な最期というわけだ。

 全く、散々な目に会った。こんなことなら、さっさと生命力を吸ってしまえばよかった。長くて、下らない、馬鹿馬鹿しい時間だった。

 残された最後の時間は、もう眠ることくらいしか出来ない。俺は意識を宙へ手放そうとする。

 あぁ。

 それにしても。

『私にとっては、唯一無二の、戦友だ』

 まったく、まったく。困った英雄様である。

 

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英雄の終わり 低田出なお @KiyositaRoretu

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