オレンジピール
春は出会いと別れの季節、と誰かが口にするとき、重心はいつだって後者にある。出会いというのは、せいぜい別れを引き立てるオレンジピールにすぎない。
もちろん、これは僕の持論である。けれども、経験に裏付けられた持論である。
僕はこれまでに多くの女の子と出会い、親密な関係になり、そして別れた。彼女らは僕の無味無臭の生活に新鮮な感動と知的な刺激、そして何より生へと駆り立てるエネルギーをもたらしてくれた。僕たちは本気で愛しあい、本気で傷つけあった。これからもずっと一緒にいられるだろうという楽観主義は火星移住計画ほどにも信じていなかったけれど、自分自身さえも騙す勢いでそれを信じているふりをした。にもかかわらず、季節がめぐり衣替えを終えると、僕たちは役目を終えたように別れた。ほとんどの場合、それは暴力をはらんだ別れだったけれど、一度だけ例外があった。
彼女とは、桜が散るように別れた。
「孤独というのは宗教なのよ。カトリックみたいなね」と彼女は言った。
「じゃあプロテスタントはなんだろう」と僕は言った。
「バカだね」
「ごめん」
「ちがう、そうじゃないの」と彼女は被せるように言った。「人間は孤独ではないと信じ込んでいる連中がバカだってことよ。あなたはちがうでしょ?」
「そうだな、控えめに言っても大天才だ」
「私もよ」
そして僕たちは満足気に車窓に映る完璧な晴天と完璧な海を眺めた。しかし完璧な世界というのは人に終末を思い起こさせるのだ。きっとこれが二人の最後の時間になるだろうということが、僕たちにははっきりとわかっていた。けれども、何をどう切り出せばいいのかはまったくわからなかった。僕たちはまだ二十歳になったばかりだった。
だから僕たちはケトルの底についた水垢を見てみぬふりをするように、その不都合な真実をぐっと飲み込み、代わりに低空飛行するトンボのような真実すれすれの言葉を吐き出した。
「あなたは遠くに行くんでしょ?」と彼女は尋ねた。
「火星よりもずっとね」と僕は答えた。
「だから人間には信仰心が欠かせないのよ」と彼女はため息をついて言った。
「生きていくために」
「そう、生きていくために」
「ねえ、もしいやじゃなかったら、死ぬときは連絡をくれないかな」
「なにそれ」と彼女はうれしそうに笑った。「でもいいよ。約束する」
「ありがとう」
僕たちは春の匂いを追いかけるように車を走らせた。適当な海辺を見つけると近くに車を停め、砂の上を歩いたり歩かなかったりした。潮風は予感に満ちていて、僕たちは可能性に満ちていた。
空港に着いたとき、夕日の残光がまだ名残惜しそうに地平線にへばりついていた。保安検査場はすべての人間が迎えるすべての困難を代表して、システマティックにその仕事をこなしていた。僕たちは海を眺めるようにそれを眺めていた。
「そろそろ行くよ」と僕が言った。
「うん、気をつけて」と彼女は言った。
けれども二人は動かなかった。
僕は何かを言うべきだと思った。あるいは彼女が何かを言うのを待つべきだと思った。けれども、世界の色彩が反転したように、僕は物事の道理も自分の感情もうまく把握できなくなっていた。
背を向けようとした瞬間、彼女が口を開いた。
「ねえ、もしあなたがこのままどこにも行かなかったら、わたし、死んでもいいと思っているのよ」
彼女は人形のような笑みを浮かべていた。
「じゃあ、元気でね」と言って、彼女は歩き去った。
僕は彼女がエスカレータに乗り込むまでその姿を目で追っていた。彼女は一度も振り返らなかった。
それ以来、彼女からの連絡はない。
もしも僕たちがもっと冒涜的でもっと愚鈍であったならば、別れずに済んだのかもしれない、と春がやってくるたびに思う。けれどもそうであったならば、そもそも二人は出会ってさえいなかっただろう。
結局のところ、オレンジピールのないネグローニは飲むのに値しないのだ。
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