時すでに……

西順

時すでに……

 この気持ちが恋だと気付いてしまった。


 僕と未来くんは幼稚園の頃からの幼馴染みで、一番の仲良しだと僕は自負していた。未来くんは運動なら何でも得意で、クラスの人気者で、いつも輪の中心にいるような男の子だった。


 対する僕は運動は苦手、でも勉強は多少出来たから、未来くんに勉強を教えると言う形で、僕は未来くんが作るグループの輪の中にいた。


 幼馴染みと言うだけあって僕らは学校帰りの方向も同じで、良く夜遅くまで遊んで帰っていたので、親に心配を掛けて怒られるまでが二人のセットだった。


 そうして、二人だけの時間が積み重なっていく程に、僕の中で未来くんは掛け替えのない友達となっていったのだ。そう、友達のはずだったのだ。


 * * *


 中学に上がると、他の小学校から入学してくる子も交じり、新入学生と言う形で、新たなグループが形成される。


 僕は運悪く、時期の遅いインフルエンザで入学式から少し休んでしまい、それが致命的だった。未来くんの横には、僕ではなく、夏樹くんと言う男子がいたのだ。


 未来くんと夏樹くんは余程気が合ったのか、僕と未来くんがそれまで築いてきた関係をあっさり飛び越え、良く肩を組んでひそひそ話をしている姿を目撃し、僕はそれを遠くから眺めている事しか出来なかった。


 運動の得意な二人が選んだ部活はバレー部で、うちの中学のバレー部は県内でも強豪で有名。部活は朝練から夜練まである厳しいものだった。そんな部活に僕が付いていける訳もなく、僕は写真部に入って、優しい先輩たちと風景写真を中心に、様々な写真を撮る日々を送る事になる。


 そんな中でも僕が良く撮っていたのが、運動部の部活風景を写したものだった。野球部、サッカー部、バドミントン部、バスケ部、卓球部、そしてバレー部。明らかにバレー部の、その中で頑張る未来くんを撮る事が僕の目的だったが、厳しいバレー部の先輩たちから、どやされ、諦観した目をしながら学校の外周を走らされている姿を見るのは辛く、そして同じく外周を走らされている夏樹くんと、二言三言交わしながら、笑顔に戻る姿に、僕はこれが嫉妬なのだと気付いてしまった。


 気付いたからと言ってどんなアクションが起こせる訳もなく、中学になってからの関係値は変わる事なく、僕は二人の蚊帳の外で、たまに未来くんが廊下ですれ違う時に、複雑な顔をした後に、作り笑顔で僕に話し掛けてくるのが日常だった。当然その横には夏樹くんもいて、三人で他愛のない会話を交わすのが、僕には胸が締め付けられる時間だった。


 そうやって一学期が過ぎ、夏休みが過ぎ、秋が過ぎようとしていた頃の事だ。その日は未来くんの十三歳の誕生日で、それでもバレー部は夜練があるから、ちゃんとは祝えないな。と僕は昼休みに、未来くんに誕生日プレゼントのお守りを渡そうと廊下を出た所で、夏樹くんとばったり会ってしまったのだ。


「未来の所に行くつもりか?」


「そうだけど?」


「やめとけ。あいつなら先輩に呼び出されて、今、部室にいるから」


「そう。教えてくれてありがとう」


 と僕が踵を返してバレー部の部室に向かおうとした所で、夏樹くんに強引に腕を掴まれた。


「ッ!? 何するんだよ」


「行くなって言っただろ」


「夏樹くんには関係ないだろ?」


「関係ならある」


 どんな関係だよ? 自分の方が未来くんと仲が良いから、僕の邪魔をしたいのか? そう思って夏樹くんを睨むと、相手は真剣な眼差しでこちらの目を見返してきた。そして僕の耳元で囁いたのだ。


「好きなんだ」


「……は?」


「俺はお前が好きなんだ。だから……、お前が傷付くのを見たくない」


 頭が真っ白になった。夏樹くんが僕を好き? 何の冗談だよ? 未来くんの側にいて、未来くんを笑顔に出来る君が、その口でそんな言葉を語るなよ! 僕は夏樹くんに掴まれたままだった腕を強引に振り払って、ひと睨みしてから、告白の返事もしないでその場から逃げ出す。


「後悔するぞ!」


 逃げる僕に呼び掛ける夏樹くんを無視して、僕は未来くんがいるバレー部の部室へ急いだ。


 * * *


 バレー部の部室の扉には鍵が掛かっていた。だけど中からは声と物音が聴こえてくる。誰かがいるのは分かりきっていた。僕は部室の裏手に回り、そっと窓から中の様子を見た事を、確かに後悔したのだ。


 何故未来くんが部活の時に、先輩にどやされて辛い顔をしていたのか、何故学校で僕と話す時に、一瞬複雑な顔をしていたのか。バレー部の部室で行われていた事はとてもおぞましく、誰にも語れる事じゃなかった。そして僕はすぐに目を逸らしてその場からも逃げ出すべきだったのだ。そうすれば、未来くんと目を合わせる事もなかったのだから。

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時すでに…… 西順 @nisijun624

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