最終話 ずっと続いている
凶器のような日差しとセミの声が、まだ朝なのに降り注ぐ。
公園のすみ、真っ黒に切り取られたちっぽけな木陰、その中で昼介と夜々子は、腰を下ろしていた。
「ありがとうって、言ってたよな」
昼介が尋ねて、夜々子はうなずいた。
「最後、言ってた。消えかけててはっきりしなかったけど、わたし、ちゃんと聞いたし、覚えてるよ」
昼介はうなずき返して、右手を前に伸ばして、日差しの下に出して透かしてみた。
一週間が経った。いろいろ終わって家に帰って、家族や夕奈那といっぱい話した。
家出の間、実は親たちもかなり動いていたらしく、昼介も夜々子もびっくりしたけれど、それより夕奈那が頭をかかえてまたアタシ何も聞かされてないーとわめいていた。
魔法はもう、使えない。
魔力の感覚もないし、サンハイトやニグトダルクとつながった感触も、もうない。
けれど中指は、動くようになった。最初こそぎこちなかったけれど、一週間かけてリハビリして、もうヨーヨーの技もできている。
日の光をつかむように、右手を、握りしめる。
あのとき……サンハイトに体を貸したとき、体はできる限り治したと言った。
その「できる限り」の中に、この指も入っていたのだろうか。
それとも別の理由で、動くようになったのだろうか。
確認する方法はない。
けれど、ひとまずは。
「よかったよな」
昼介は、自分で確かめるように言った。
夜々子はうなずいて、それからうつむいた。
夜々子の腕の中で、手持ち無沙汰にかかえられたペットボトルが、くしゃりと鳴った。
「もともと、魔物がこっちに来るようになったから、それをなんとかしようって目標だったんだよね。
それで、ニグトダルクとサンハイトも出てきて、それもなんとかしなきゃって頑張って。
それは達成できたし、ニグトダルクも、サンハイトも、つらかったのをちょっとでも楽にできたのかなって思うけど」
ペットボトルを抱きしめる腕に力が入る。
やけど跡のような肌荒れを、半分くせのようになでる。
「でも、わたし、もっと話したかった。
あんなバタバタした終わりじゃなくて、ちゃんと話して、つらさを分け合って、わたしたちに生まれ変わってよかったって本当に思ってもらって、生まれ変わってくれてありがとうってもっとちゃんと伝えて。
元の世界に本当に帰れたか分かんないし、帰ってうまくやれてるかも分かんないし、ちゃんと幸せになってほしいって、もっと、もっとって」
夜々子の目から、涙がこぼれた。
「十分よかったはずなのに、次から次から幸せが欲しくなって、わたし、欲張りなのかなぁ……?」
夜々子の横顔を、昼介はじっとながめた。
それから、いきなり座る位置をぐいっと詰めて、密着して、肩を抱き寄せた。
「え、あ、え!? 昼介くん!?」
「おれだってそうだよ」
どぎまぎする夜々子に、昼介は赤くなって目をそらしながら、言った。
「夜々子と出会って、いいなって思って、それでデートして、そうしたら恋人になりたいって思って、なったらなったで今度はこうやってくっつきたいとか、もっと手をつなぎたいとか、キスとか、もっとしたいって、思うし。
その、将来的には、どっ、どんなウェディングドレスが似合うかなとかっ、考えるし!?」
「うぇでぃっ……!?」
ボボボッと夜々子は赤くなって、昼介も真っ赤な顔で縮こまって。
それから昼介は、まっすぐに前を向いた。
「でも、欲張ってなきゃ、今こうして付き合ってねーんだ。
いいじゃんか、欲張ったって」
昼介はそして、立ち上がった。
「それに、まだ終わったわけじゃねーぞ!」
日なたに出て、振り向いて、ぽかんと見上げる夜々子に、昼介は光の中で笑ってみせた。
「いつかさ! 宇宙旅行に行くみたいに、あっちの世界に行けるようになるかもしれないじゃんか!
あいつらの方で新しいやり方を作って、こっちに来たり連絡よこしてきたりするかもしれないじゃんか!
つながりがなくなったって、魔法が使えなくなったって、なーんも終わってねーよ!」
きらきらと。
夜々子の瞳に映って、昼介は輝いた。
昼介は日陰の中に戻って、汗を振り払って、また夜々子の隣に座った。
「だからさ。や、だからってこともねーけど。
おれは夜々子と、ずっと一緒にいたい。
ずっと夜々子の隣で、二人で幸せになりたいんだ」
昼介はそう言って、夜々子を真剣に見つめて。
それを夜々子は見返して、気持ちがすっと胸の中に入ってきて、心がぽかぽかと温かくなって、でもそんな余韻にひたれるほど冷静じゃなくて、ボボボと赤面して顔を隠した。
「昼介くん、それ、ほとんどプロポーズだからっ……」
「やー、むしろ、そのつもりで言ってるっていうか……」
照れる昼介を、夜々子は涙目でぽかぽか殴った。
「なんでっ、告白のときはシチュエーション整えたのにっ、プロポーズは先走るの!?」
「だって、言わなきゃ気持ちが爆発しそうなんだもんよ!?
本当にプロポーズするときはまたちゃんとシチュエーション整えるからさぁ!
でも多分おれ、これからも我慢できずに何度もプロポーズする気がする!」
「もぉ〜!!」
恥ずかしさで、夜々子は肩にもたれかかるみたいに頭突きをして、そのまま密着して顔を隠して、手はぎゅうっと昼介の服をつかんで、それからもじもじと、声を漏らした。
「……うれしい、です」
「おう……」
二人で、赤面。
セミの声が、ひたすらに響く。
しばらく沈黙して、昼介は手でパタパタとあおぎながら、言った。
「どっか、涼しいとこ、行くか」
「うん……」
立ち上がって、日差しの中を、歩く。
当たり前のように、手をつないで。
歩きながら、ふと夜々子は言った。
「でも、そうだよね。
終わってない。またそのうち、会えるかもしれないし、終わってないから、いくらでももっといい未来を目指せるんだよね」
昼介は、夜々子に視線を向けた。
夜々子は昼介に、笑いかけた。
きらきらと。
「楽しみ」
昼介は、夜々子の笑顔に見とれた。
それから前を向いて、ちょっと考えて、ぽつぽつと言った。
「ひとつ、ウソついたことがあってさ。
魔法が使えないって言ったけど、まだひとつだけ、使えるのがあるんだ」
「えっ?」
きょとんとする夜々子の顔に、昼介の顔が近づいて。
ちゅっ。
夜々子はぱちくりと、目をしばたたかせた。
昼介は目をそらして、赤くなって、手で口を隠した。
「
夜々子これ、よくやれたよな」
「え、あ、う」
夜々子は両手でくちびるに触れて、その手はそのままほっぺに持っていって、顔はどんどん赤くなって、そして沸騰した。
「あぅ、あわ、わああああ〜〜!!
やだぁ〜〜!! もぅ〜〜!!」
「え、え!? イヤだった!? ごめんイヤだった!?」
「違うよバカ〜っ!!」
うずくまった夜々子に、昼介はわたわたして、夜々子はうずくまったままパンチした。
「こんな、こんなのっ……!
キスされて恥ずかしいのと、思い出して恥ずかしいのと、ダブルで恥ずかしくて、もぅ、やだぁ……!
うわぁぁぁん……!」
「え、泣いた!? 泣かせちまった!?
ちょ、ごめんて! ごめん夜々子!」
昼介もしゃがんで同じ高さになって、そうしたら夜々子は両肩をつかんできた。
夜々子はうつむいたまま顔を見せなくて、でも髪の隙間から見える耳は真っ赤で、ぷるぷるふるえて、そして消え入りそうな声でつぶやいた。
「……大好き」
昼介は、照れた。
夜々子はそのまま、ぷるぷるし続けて。
「……もぉう〜〜!!」
「へぶっ!?」
飛びついてきた夜々子に、昼介は思い切り頭突かれた。
今日という日はまだ続き、夏休みもまだ終わらない。
人生だってまだまだ続いて、この先は誰にも分からない。
ただひとつ、二人は今また、手をつないだ。
それはひとつの事実で、答えだ。
【最終章「そして手をつなぐ」終わり
エピローグに続く】
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