第44話 終わるものと終わらないもの
サンハイトは、そしてニグトダルクも、ぽかんとした顔を向けた。
昼介は説明した。
「や、だってさ、サンハイトが転生の魔法陣に飛び込んだとき、死んでなかっただろ?
つか、それ言ったらニグトダルクだって、やられそうになったけど転生の魔法陣を使う体力はあって、つまり死ぬ前に転生してるんだよな?」
考え考えしゃべる昼介に、ニグトダルクはサンハイトと顔を見合わせた。
「まさか……魔法行使の前提が不成立だったのか?
だがそう考えれば、転生が不完全だったのも説明がつく。
黒井夜々子と白木昼介に記憶と能力がきちんと継承されなかったのも、前世と今世の魂が並立して存在してしまったのも……」
「おい、ニグトダルク。つまり俺たちは、どうなる」
「分からん。何もかも推測するしかできん。
だが……魔力の源を失って今の状態を維持できず、しかし肉体は死んでいないとすると……」
ニグトダルクは、ぼうっと見上げた。
「……戻るかもしれんな。元の世界に」
夜々子は、目を丸くして見上げた。
「ニグトダルク、生きてるの?」
その目が、じわじわと濡れてきた。
「よかった、ニグトダルク、生きてっ、うぇぇぇん、よかったよぉっ……!
このまま消えちゃうなんてっ、そんな、悲しくてっ、ひぇぇぇん……! よかったっ、わぁぁぁん……!」
「ええい、泣くな! うっとうしい! 単なる推測で本当に戻るのかも分からんのだぞ!
だいいち戻ったところで、世界を敵に回した身で魔力もほぼなくした状態では三日と生き残れんわ!」
「だが、魔王不在で十二年も経っていれば、世界も様変わりしているかもな?
みんなおまえの姿など燃えているときしか知らないだろうし」
「黙っていろサンハイト! 期待を持たせるな!」
「期待?」
サンハイトは、消えかけた手でニグトダルクの胸を小突いた。
「違うだろう。生きているなら、生きて罪をつぐなえ。
別に名乗り出て石を投げられろとは言わんが、おまえがこいつらに救われただけ、他の傷ついた人間を救ってやれ」
かち合う視線。
触れ合った肌は、互いに、焼かない。
そしてサンハイトは、昼介と夜々子に目を向けた。
「それが礼儀だろう。精一杯頑張ったこいつらへの」
ニグトダルクも、二人に目を向けた。
昼介は、そして涙をぐじぐじとぬぐった夜々子は、顔を上げて見返した。
ニグトダルクは、夜々子を見つめて、いらだたしげに目をそらして、やがてしぶしぶと、苦々しくといった様子で、言った。
「……生きていたらだ。本当に、生きているというならばだ。
そのときは、相応に生きてやる」
夜々子は、にっこりと笑った。
ニグトダルクはそれから、ふと力が抜けたように、ぼそりと言った。
「それと。すまなかったな、夜々子。
いたずらに傷つけたこと、以前おまえを傷つけるような言葉を言ったこと、謝ろう」
「えっ!? そんな、わたし、気にしてないよ?」
「おい待て、ニグトダルク。
おまえがそんな謝罪をしたら、俺も昼介に攻撃したことを謝らなければいけない流れになるだろうが」
「知らん。おまえらのことなど、おまえら同士で納得すればいいだろう」
「や、おれも別に気にしてないよサンハイト? つか、悪いことしたって気持ちがあったの意外だな?」
わちゃわちゃと、四人は騒ぐ。
夢の中に、光が射してきた。
昼介たちは見上げた。
「あ、もう、夢が覚めちまうか!?
ちょっと待てよ、これ目覚めちまったらもう……」
「うむ」
ニグトダルクは、一歩距離を置いた。
「もはや魔力も、つながりもない。
私たちと夢で会うこともないだろう」
「待てよおい!
まだそんな、もっと話したいことが……」
薄れていく。遠ざかっていく。
昼介と夜々子は手を伸ばしたが、もう前世の二人の手は、つかんでもすり抜けてしまった。
消えていく。目覚めていく。
光の中に染まっていく景色の中で、昼介と夜々子は叫んだ。
「ありがとう!! おれたちに生まれ変わってくれて!!
夜々子と出会わせてくれて、今こうやっていさせてくれて、ありがとう!!」
「さっきも言ったけど、わたし、幸せだよ!!
あなたたちの生まれ変わりで、本当によかったって思う!!」
叫ぶ。叫び足りない。
薄れた前世の二人の顔は、もう判別できない。
それでも昼介は、夜々子は、手を伸ばして、叫び続けた。
その手は届かない。
けれど最後、薄れた二人の口が動いて、声が聞こえた気がした。
――こちらこそ、ありがとう。
早朝の日差しが、木々を透かして、やわらかく差し込んでいた。
その感触を、昼介はぼんやりと感じた。
意識が晴れてくる。状況を徐々に把握してくる。
山の中。地べたに寝転がっている。手の感触。つないでいる。夜々子の手。ざらざらとした、いつもの感触。夢の外では、久しぶりの感触。
夜々子も昼介と並んで横になって、うっすらと目を開けている。二人で一緒に、目を覚ましたようだ。
紫の炎は、ちゃんと消えている。
「……終わったの?」
その声は、昼介でも夜々子でもなかった。
二人はゆるゆると、声の方向に目を向けた。
二人からやや距離を置いて、木の陰に半分隠れて、安全メットをかぶって、鍋のふたを盾みたいに持って、おっかなびっくりこちらをうかがっている。
夕奈那。
「えっとさ、アタシ、望遠鏡借りてさ。なんかできることないかなって。でずっと山の方見ててさ。
そしたらなんか、こっちの方、光ってさ。なんかあったと思ったら、こう、もしまた巻き込まれたりしたら絶対ダメだって思ったんだけど、でも二人にもしものことがあったらって、それで、ごめん来ちゃった」
おずおずと、夕奈那は昼介と夜々子を見てくる。
「終わった? もう全部終わった? メラメラもキラキラもなくなって、もう大丈夫? 触ってもいい?」
二人はまだぼけっとしたまま、昼介が率先して身を起こして、うなずいた。
「終わりました。もう触っても大丈夫ですし、危険なことは、もう何も起きません」
ひとつ息をついて、視線を落として、遠い目をした。
「終わりました」
夕奈那はわなわなとふるえて、それから鍋のふたをほっぽり出して、二人に飛びついてきた。
「よかっ、よかったよぉ二人とも〜! 信じるつもりではいたけどさぁっ、アタシなんにも分かんないし、もし万一があったりとかこのまま帰ってこられなかったらって、アタシっ、うわああああんよかったよおお〜!」
「わぷっ」
「ちょ、ゆななん先輩、またそうやって抱きついてっ……」
二人もろともぎゅうっと抱きしめて、密着して、夕奈那はわんわん泣き出した。
夜々子は目を白黒させて、やがて目元がじんわりとうるんで、つられるように泣き出した。
「わたっ、わたしもっ、帰れなかったらどうしようって、昼介くんいても心配なのは心配で、うわああんありがとねゆななん〜!」
わんわん泣く二人と密着して、泣きそびれた昼介はいろいろと居心地悪く目をそらした。
そうしながら、木漏れ日を見つめて、ほうっと息を漏らした。
「……終わった、のかぁ」
ぴくりと、昼介の指が動いた。
それを、昼介自身が自覚した。
右手の中指が、動いた。
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