第43話 終わる戦い

 昼介の言葉にサンハイトが、そしてニグトダルクが反応した。

 飛びかかるサンハイトをかわして、ニグトダルクは怒鳴った。


「この魔法陣を消すなど、ふざけたことを! 我が民族の墓標だぞ!」


「そうか奇遇だな。俺も実母の墓標を失った。魔物に故郷ごと焼き払われてな」


 サンハイトは魔法陣を狙う。ニグトダルクは反撃しようとする。思い出の映像からチュロスとフライドポテトが立体化して降ってきて、ニグトダルクの魔法を妨害する。

 さらに強力な魔法を使おうとするニグトダルクに、飛びつくものがあった。


「貴様らッ……!」


 守り神たち。六体の守り神が、ニグトダルクにしがみつく。

 ニグトダルクの体から出る紫の炎で、守り神の体は焼け落ちていく。

 ニグトダルクは顔をゆがませてそれを見た。焼け崩れていく断面から、彼らの体を作るときに練り込んだ、同胞たちの魂の顔が、見えた気がした。


 離れた位置で、昼介と夜々子は手をつないで、状況をうかがった。

 夜々子は思い出の映像を見上げた。夕奈那の誕生会。パズル部のみんなで、手をつないで輪になった。


「昼介くん」


 夜々子に呼びかけられて、昼介は顔を向けた。

 夜々子は思い出を見上げたまま、言った。


「わたし、やれそうなこと思いついた」


 ニグトダルクは腕を振り、守り神たちを追い払おうとした。

 守り神たちは焼けながら、つかんだ体を離さない。

 彼らの顔は、もういいよって言うようで。


「……終わりになどッ、できるかァァァッ!!」


 ニグトダルクは全力で魔力を爆散させた。守り神たちも、飛びつこうとしたサンハイトも、もろとも吹き飛ばした。

 その直後に、全力攻撃の直後のスキに、昼介の声が響いた。


「いっけええ夜々子ーッ!!」


 ニグトダルクは見た。

 夜々子。飛んでくる。思い切り腕を振った昼介に投げられて。

 ニグトダルクはとっさに拒絶の手を上げた。手を。夜々子に取り込まれた手首の先が、いつの間にか戻ってきている。

 その手に向けて手を伸ばし、夜々子は、泣き出しそうに笑いかけた。


「終わらないよ。

 わたしが忘れないし、伝えるし、わたしが幸せになり続けるし、何も、終わらないよ!」


 ニグトダルクの手を、夜々子の手がつかんだ。

 手をつないだ。


 夜々子の体が、紫の炎に包まれて燃え上がった。

 燃えながら、夜々子は苦しげに、笑い続けた。


「何を……!」


 ニグトダルクは、振り払おうとした。

 そうしようとして、心が乱れた。

 記憶が後からフラッシュバックする。姉と手をつないだ記憶。姉に自身の炎が燃え移る記憶。

 後からだ。

 今その瞬間、夜々子を振り払おうとした、その瞬間は。


――私は、黒井夜々子が傷つくのを、恐れた?


 夜々子が叫んだ。


「お願い昼介くん!!」


 逆の手につながったヨーヨーのひもを引いた。

 くくりつけられた昼介が、勢いよく飛びきたる。


「頼むぜサンハイト!!」


 途中で昼介はサンハイトの手をつかみ、そのままなだれ込むようにニグトダルクたちにぶつかった。

 不恰好な輪になるように、サンハイトの手が、ニグトダルクの背中に触れた。


 光。収束する。サンハイトからこぼれる光の粒子が、ニグトダルクの魔法陣に吸い寄せられる。

 サンハイトは顔をしかめた。紫の炎になでられる感触、それすら気にならなくなるほどの膨大な魔力の流れが駆け抜ける感触。

 発光。エネルギーがほとばしる。その鳴動に耳をふさぎたくなったとき、薄いガラスが割れるように魔法陣が砕けた。


 静寂せいじゃく

 魔力が消える感覚を、四名全員が感じた。

 紫の炎が、光の粒子が、消えていく。

 ニグトダルクの魔力で作られた守り神たちも、その魔力を失って、波に流される砂の城のように崩れていく。

 その守り神が呼び出した思い出の映像も、すべて、消えていく。

 そして、サンハイトとニグトダルクも。


「負けたか」


 暗闇に戻った夢の世界で、ニグトダルクは徐々におぼろげになっていく自分の手を見た。

 そして目をやる。気遣わしげに見上げてくる夜々子。来世の少女。

 ニグトダルクは息をついた。


「膨大な魔力の源も。滅びぬ命も。同胞の魂を守るという誓いも、失った。

 だが、まあ。思うところはあった。最期くらい、リップサービスをしてもよかろう。

 悪い気分ではないぞ、黒井夜々子」


 見返す夜々子の目が、複雑に揺れた。

 そしてサンハイトが、同じくおぼろげになりながら、問いかけた。


「おい、ニグトダルク。答えろ。俺たちはこの後、どうなる」


「知らん。元より転生の魔法陣は、死した同胞を蘇生させる手段を求めて偶然できた副産物だ。検証実験もしていない。

 だが、死んだ魂が、なんの魔力や魔法の補助もなく維持できるはずもない。じきに消えるのだろう」


「フン」


 サンハイトは自身の、光の粒子が出なくなった手を見た。


「つまらないものだな。ずっと勇者の呪いに振り回され、ようやく解放されたと思えば、それで人生が終わりか。

 まあ、いい。故郷も友も失った身だ。

 それなりに溜飲は下がったし、新しい友人一人と心を交わして、満足したことにしよう」


 サンハイトは、皮肉げに昼介に視線を向けた。

 昼介は、悲しげにうつむく夜々子のそばに寄り添って、考え込んだ。


「ちょっと、おれ、思ったんだけどさ」


 昼介が、サンハイトとニグトダルクを見上げ、尋ねた。


「サンハイトって、死んでるのか?」

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