第41話 願いがつながってゆく

 サンハイトとニグトダルクが激突した。

 夢の空間を埋め尽くすほどの闇色の炎を、サンハイトは光の剣で切り払い、あるいは体からあふれる光の粒子が打ち消した。

 ぶつかり合う魔力の余波が空間全体を大きく揺らし、昼介は身をすくめながら叫んだ。


「サンハイト!! ニグトダルクを倒すのか!?

 おまえも外から見えなかったか!? ニグトダルクの過去!!

 倒すんじゃなくて、なんかもっと、平和な解決はできないか!?」


「見えたしヤツの過去に同情の気持ちはなくはないが、俺の呪いを解くチャンスをフイにするほどほだされてはいない!

 そもそもその後のヤツの侵略で、どれだけの人間が不幸になったと思っている!」


「そうだけどさぁ!!」


「しゃべるヒマがあるなら彼女の手でも握っていろ!」


 闇の炎を防ぎながら、サンハイトは昼介を振り返った。


「おまえはそれができるんだろうが!」


 強い目を向けられて、昼介はぐっと言葉に詰まって、思わず涙がにじみそうになったのをこらえた。


 またサンハイトとニグトダルクが激突した。余波が広がる。昼介と夜々子は手をつないでこらえた。

 夜々子は遠く戦うニグトダルクに目をやって、言った。


「わたし、ニグトダルクにも、救われてほしい。

 あんな悲しいことがあって、お姉さんに生きてって言われて、その行き着く先が魔王だなんて、悲しいよ……!」


「だよな! おれもそう思う、けどぉっ!」


 また戦いの余波が広がって、空間が揺れた。

 昼介と夜々子はその場でこらえることすらできず、転がるように空間の端まで押されていった。

 この何もない夢の空間にも、端という概念はあるらしい。真っ暗な空間のすみっこで、二人はうずくまった。


「ちくしょう、おれたちも強くなったつもりだけど、全っ然足りてねー……!

 あいつらになんかしてやりたいって思っても、戦いに割り込むことすらできねーよ……!」


 闇の炎があふれて、迫ってきた。

 昼介はつないでいた手を離して前に出て、聖域サンクチュアリの魔法で防いだ。

 体が重くなる。ニグトダルクが重力の魔法を使ったのだ。昼介と夜々子はべしゃりと地面に倒れ伏した。

 身動きが取れずに、夜々子はなげいた。


「わたし、何もできないの、やだよ……!

 こんなにサンハイトのこともニグトダルクのことも分かったのに、なんにもできずに、ただすみっこでじっとしてるだけなんて……」


――カドのピースはさ、目印なんだよ。真っ先に場所を決めて、他のピースが迷わないように、ここにいるよって、ここにつながってって、二本だけの手をめいっぱい伸ばすの。


 そのとき唐突に、夕奈那に言われたことを思い出した。


「カドの、ピース……」


 夜々子は、自分の手を見た。

 いつも通りに肌荒れだらけで、地面に押さえつけられてすり傷もできた、ぼろぼろの手。その手の上に、さっき夜々子の中に取り込まれたニグトダルクの両手が、ぼんやりと重なるように存在していた。


「目印……」


 夜々子は、思った。

 ニグトダルクを助けたいと思うのは、自分たち二人だけなのだろうか。

 もっと前から、ニグトダルクを助けたいと思っていた者たちが、いたんじゃないのか。


「いたよ。思い出したよ。ニグトダルクの過去を見たから。

 そうだよね。は、ダルクの大切な人たちの魂を込めて作られたんだから」


 夜々子は倒れ伏したまま、両手をめいっぱいに伸ばした。パズルのカドのピースのように。

 目印になるように。


「ここにいるよ! ダルクは、ここにいるよ!

 わたしを目印にしてこの世界に来て、それでも見つけられなかったダルクは、ここにいるから!!」


 夢の外、夜々子の体でいまだ維持されていた転移阻害アンチワープの魔法が、解除された。


 昼介は倒れたまま振り返って、夜々子を見た。

 伸ばされた夜々子の両手、そこにつながるように、魔法陣が四つ、五つ、六つ、現れた。

 転移の魔法陣。


 出現する。

 六本足の犬。

 クラゲをかぶったハチ。

 木の枝のニワトリ。

 ガラスのツバメ。

 二頭二尾のムカデ。

 紫色のガス球体。


 六体の魔物たちが、夜々子と手をつなぐように、この夢の世界に出現した。


「おまえら……!」


 昼介は魔物たちが前に出て、夜々子と昼介を背にするように、戦いを見すえるように並ぶのを見た。

 そして戦いの中心、ニグトダルクは魔物たちを目に止めて、怒鳴った。


「ニグトの民を守れなかった貴様らが、また私を裏切る気か! 恥知らずの神々め!」


「裏切ってないよ!」


 魔物の後ろから、夜々子が叫び返した。


「あなたを助けたいと思ってるの! だからこの世界まで追いかけてきて、でも見つからないから私を攻撃して、今はわたしの中にあなたの一部があるから私のそばにいてくれるんだよ!

 ずっと、あなたを助けるために、みんなここまで来てくれたんだよ!」


 夜々子は思い出す。

 ニグトダルクの記憶を得て、ニグト族の守り神の本来の姿がイメージできる。

 そのイメージが、夢の中であるこの世界で反映されて、魔物たちの姿が変わっていく。


「ずっと、この子たちは、守りたかったんだよ……!」


 本来の姿を取り戻していく。


 六本足の獣。マウンテンイーターからマウンテンドーナーへ。

 閉ざされた山脈をすり鉢状に切り拓き、ニグトの大地に太陽の光を届けた神。


 クラゲをかぶったハチ。イルフルフライからイルフライアウトへ。

 疫病がニグトの民を襲ったとき、長く届く手を伸ばして薬を集め民を守った神。


 木の枝のニワトリ。コーリングスカイからブレスオブスカイへ。

 空を飛ぶことを放棄してニグトの土地に根を下ろし、季節の風と雨を呼び寄せ、大地に豊穣をもたらした神。


 ガラスのツバメ。フラッドロードからブルーロードへ。

 水と友達になるための透明な体をひるがえらせて山頂から川へと水を下ろし、またときに地下から水を逆流させ、水産資源をもたらす神。


 二頭二尾のムカデ。アースピーラーからアースピュリファイアーへ。

 山肌を食べて掘り進み人や動物が雨風をしのぐ場所を作り、鉱物資源をより分けた純度の高い排泄物を残す神。


 紫色のガス球体。リナイトメアからリドリームへ。

 山に囲まれた狭い夜空をやわらかく包み、幸せな思い出を夢にして振り返らせて、夜の不安を消し去る神。


 ニグトの守り神たちが、顕現した。

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