第39話 一睡の夢

 ダルクや姉や、その他数人。協力して、ケガ人は救助された。

 ニグト族とは違う外見、金色の髪の青年は、骨折した体を病床に横たえて、人好きのする笑顔を見せた。


「僕はここの外の国の人間で、この地域の文化や資源などを調べに来ていました。

 今は他の仲間とはぐれてしまって一人ですが、ケガが治って帰ることができたら、今回のお礼は必ずします」


 彼の世話は、ダルクや姉が主に行った。

 他種族の人間を長居させることにいい顔をしない者もいたが、この青年自身の性格や知識の有用さのおかげもあって、徐々に打ち解けていった。


「――この魔法陣、ダルクさんが開発したんですか!?

 すごいですよ、こんな効果の魔法、僕の国ではまだ開発されてなくて――」


「――土地の守り神は、ニグト族独自のものですね。けれどお墓の様式は、他の紫の肌の種族と同じです。刻まれる鎮魂の魔法陣も。

 この文化様式を整理すれば、それぞれの種族がどういうルーツをたどって来たかが――」


 嬉々として語る青年を、ダルクと姉は微笑ましく見た。

 そんな中で姉の向ける視線が、ダルクのそれとは違うことを、ダルクはなんとなく察した。

 ケガのリハビリのため村の中を歩くのを、姉はいつも付き添った。

 月がきれいな夜、村のはずれにある泉、二人が肩の触れ合うような距離でたたずむのを、見たこともあった。


「ねえ、ダルクはあの人、どう思う?

 外の国の人で、髪も肌も私たちと違って、これからもずっと、いい関係でいられると思う?」


 あるとき姉にそう尋ねられて、ダルクは優しく微笑んで、答えた。


「いい人だと思うよ。

 きっと、共に生きてゆければ、幸せだと思う」


 ダルクは姉の迷う気持ちを、背中を押した。

 押してしまった。


 やがて完全に回復し、青年が自国に戻るときが来た。

 必ずここに帰ってきます。そう言う青年のほがらかな笑みは、ダルクの姉に向いていた。

 姉もまた、はにかんだ笑みを返した。


 そしてその後、青年の国がこの村にもたらしたのは、略奪の戦火だった。




 炎と煙が狭い夜空を覆い隠して、死体の焼けるにおいが立ち込めた。

 ダルクは状況を理解できぬまま、走った。叫んだ。


「なぜだ! なぜ私たちが、私たちの村が、こんな目に遭わなければならない!?

 私たちはあなたたちの同胞を助けた! 感謝されこそすれ、攻撃されるいわれなどないはずだ! なぜ!?」


 外の国の人間たち、その中でひときわ豪勢な装束を着た、おそらくは高貴な人間が答えた。


「この村の資源、そして何より我が国ではいまだ開発されていなかった魔法技術体系。我が国が大陸を支配するのにおおいに役立つものだ。

 だがその力が弱小種族の知識によってもたらされたものとあっては、支配体制につまらぬケチがつく。

 ゆえに、ここに村などなかった。大国に力をもたらした弱小種族など、存在しなかった。

 そういうことにする」


 言っている意味を、ダルクはすぐに理解できなかった。

 兵士たちが襲いかかってきて、ダルクは逃げた。

 その背中に魔法が打ち込まれ、全身が奇妙な紫色の炎に包まれた。

 背後から声が投げかけられた。


「おまえたちの技術体系を参考に作った、魔法の試作品だ。

 即死はしない。その火がどう燃え広がるか、見届けさせてもらうとしよう」


 燃えながら、ダルクは逃げた。

 周囲の景色。村人たちの死体、焼け落ちる家々、破壊された墓地。

 逃げながら、ダルクは探した。


「姉さん……!」


 姉はすぐに見つかった。木に串刺しにされて、だらりと手足を投げ出した状態で。


 その光景が信じられなくて、ただ下ろそうと、ダルクは手を伸ばした。

 それで紫の炎は燃え移り、姉の体は焼け落ちた。


「ダルク……生きて……あなたは……生きて――」


 姉は燃え尽きながら、そう言った。

 ダルクは気が狂いそうなほど泣き叫んだのに、炎に焼かれる体はずっと苦しいのに、その声ははっきりと耳に届いた。

 背後で、誰かが泣いた。


「こんなはずじゃ……なんで、こんな……

 すまない、僕のせいで……こんなことに……」


 兵士の格好をした、あの金髪の青年だった。


 ダルクの胸中を、怒りの感情が駆け抜けた。


――なぜ、泣く?

――なぜ、泣くほどの後悔があるのなら、その間に自分の国で戦うなり、先に駆けつけて村を守りに来るなりしなかった?

――その涙は、なんの意味がある?


 青年の首を絞めた感触が、ただ怒りの余韻として両手に残った。




 村のはずれの泉で、ダルクは立ち尽くしていた。

 村にもう、生きている人間はいない。村の施設も、破壊され尽くした。

 水面に顔を映して、ダルクはつぶやいた。


「醜い、な」


 紫の炎に焼かれ続ける、紫の肌。

 手はいまだ、金髪の青年の首を握りしめていた。

 比べるまでもない。髪も、肌も、何もかもが違う。


「何を、勘違いしていた。愛されるなどとなぜ思った。

 愛されるはずがなかったのだ。見れば分かるではないか。

 分不相応な願いなど、叶えようと思わなければよかったのに」


 ダルクは、足元を見た。

 守り神の石像が砕けて、そこに散乱していた。

 踏みつけにして、心が痛むこともない。信仰する民たちがこんな状況になって、なんの加護も与えられない守り神など。


 ダルクは村を振り返った。

 墓を作ろうとも、また破壊されるだろう。

 死んだ同胞たちを、姉を、ゆっくりと眠らせることもできるまい。

 ならばせめて、自分がみんなの墓碑になろう。


 ダルクは自分の背中に、鎮魂の魔法陣を刻んだ。

 なぜか鋭敏になった魔力で、同胞たちの魂の存在を感じ、それらを自身に取り込みながら。

 足元からくみ上がってくる魔力の感触を、深く考えることなどなく。


 ダルクは気づかなかった。自身の背中に、生命を燃やす紫の炎の魔法陣がずっと張りついていることを。踏みつけた石像の破片から、守り神たちの魔力が浸透していることに。

 開発途上で未完成だったその魔法陣に鎮魂の魔法陣が重なり、守り神たちの強い魔力をエネルギー源にして、融合した。

 生命を燃やす魔法陣は変質し、それを身に刻んだダルクは、永遠に焼かれながらも魂の安寧はおびやかされない――決して死なない体となった。


 不死となったダルクは、世界を見た。

 小競り合いを続ける国々を見て、失われた故郷を想って、考えた。


――強国の支配、権威、そんなつまらぬものでニグト族は滅びたのなら、私が支配し返そう。

――そして忘れまい。忘れさせまい。ニグト族は存在した。私はその証明として、世界に君臨しよう。


 不死の時間の中で、魔力は高まった。

 魔法の研究を続けた。

 魔力を練り、魔物を作った。

 同胞の魂の残滓を込めて、ニグト族に伝わる守り神を模して、しかし性質をねじ曲げて、強大な六体の魔物を作った。

 まつる民を守れなかった神に、人や土地を豊かにする力など、不要なのだから。


――聞け。我が名はニグト・ダルク。忘却も消却もさせぬ。

――見よ。私はここにいる。忘れることなど、決して許さぬぞ……!


 ニグトダルクは激しく戦った。

 勇者サンハイトの光の剣が、ニグトダルクの胸を貫いた。


「まだ、終わってたまるか……!

 世界に我が威容を君臨させるまで、私は決して、あきらめんぞ……!」


 ニグトダルクは魔法陣を起動した。

 死者の蘇生を求めて偶然開発された、転生の魔法陣。


「この世界で悲願が達成できぬなら、違う世界に行くまでだ!!

 転生の陣よ、私を異世界で生まれ変わらせよ!! 転生リインカネーション!!」


 魔法陣に吸い込まれながら、ニグトダルクは思った。

 どんな世界に行くのだろう。どんな姿に、生まれ変わるのだろう。

 願わくば、姉が、同胞が、ニグト族の悲劇が、誰からも忘れ去られることのないように――


…………


……




   ◆




 経過時間は、どうあがいても一睡の夢。

 その短時間ですべての記憶が、感情が、夜々子の中に流れ込み、溶け込み、侵食していった。

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