第37話 燃え尽きる

 夜々子とじゃれ合うのはそこそこにして、昼介はサンハイトの方に向き直った。

 血を流して片膝をつくサンハイトが、憎々しげににらみつけてきた。

 昼介は言葉を投げかけた。


「おれはおまえじゃない。他人だ。だから」


「ふざけるな……これで終わりと思うなよ……!

 こんな傷はすぐに治せる、またおまえに戦いを……」


 食ってかかろうとしたサンハイトの言葉は、途中で途切れた。

 昼介はサンハイトの体を、抱きしめていた。


「他人だから、友達にだってなれるだろ。

 これからおれと、白木昼介と、友達になろう、サンハイト」


 サンハイトは、何か言おうとした。

 それより先に、昼介は強く抱きしめた。


「こないだおまえと組み合って気づいた。さっき蹴られて、確信した。

 おれはおまえの光で焼けない。触れ合うことができるんだ」


 夜々子に告白した前の夜。

 昼介は夢の中で、サンハイトに組み伏せられた。

 首をつかまれて地面に押しつけられて、そんな状態で昼介の体は、焼けなかった。

 その後夜々子の夢に入り、ニグトダルクの指をつかんだときは、確かに昼介は焼けたのに。

 今もサンハイトから出続ける光の粒子は、抱きつく昼介に触れて、何も焼いていない。


「夢の中だからじゃねえ。ニグトダルクに触れたときは、おれは燃えたんだ。おまえだけなんだ。

 おれは! おまえと! 触れ合えるんだ!」


 昼介は全身で、サンハイトを抱きしめた。

 ぼろぼろと泣きながら、昼介は言った。


「ごめんな……! 今までずっと気づかなくて……!

 おまえ、生まれてからずっとつらい思いして、誰とも触れ合えなくて、やっと触れ合えたのは大切な人が死ぬときで……!

 それで生まれ変わっても、こんな暗いところで一人ぼっちなんて、悲しいよな……!

 これからは、おれが友達になるから!

 全然、足りないかもしれないけど、おれがこうやって触れ合えるから!

 だからもう、ケンカするのはナシにしよう、サンハイト!!」


 サンハイトは、抱きしめられるままに、言葉を聞いた。


「何を……そんな……」


 きれいごとをと、頭で考えた。

 昼介一人と仲良くなったところで、勇者の呪いは消えはしない。

 そう、理性では思った。

 けれど昼介は分かっていた。記憶を受け継いで、心が混ざりかけた仲だから。

 サンハイトがどれだけさみしくて、こうして抱きしめてくれる相手に、どれほど飢えていたか。


「ふざけるな、白木昼介……! こんな、俺は……!」


 抵抗する言葉を吐きながら、サンハイトの目からは、涙がこぼれた。

 ずっと、求めていた。

 こうして、触れ合える相手。

 ただ触れ合うだけじゃない。サンハイトのつらさを理解して、そのつらさごと、抱きしめてくれる相手。

 それはもしかしたら、魔王を倒して勇者の呪いを消しただけでは、出会えなかったかもしれない相手だった。


「うぅっ、あああ……! うああぁぁッ……!」


 夜々子が静かに見つめる先で、昼介に抱きしめられて、サンハイトは子供のように泣いた。

 昼介は、サンハイトとの心の何かがつながった感触がした。

 魔力の流れが整えられ、サンハイトに変化はなかったものの、夢の外の昼介の体から、光の粒子が消えたのを感じた。




 しばらくじっと、抱きしめていた。

 やがてサンハイトが、口を開いた。


「これからどうするつもりだ、白木昼介」


 昼介はサンハイトと顔を向き合わせた。


「さしあたって、夜々子の体の火を消したい。

 あとは魔王の魔力をなるべく抑えて、魔物が寄ってこないように。

 おれたちと同じ要領で、和解ができたらいいけど……」


「ニグトダルクが世界を支配しようとした理由は知らん。

 もし記憶を見たとして、そこから落とし所を見つけられる保証はないぞ」


「そこなんだよなあ……」


 昼介は頭をかいて、悩ましげに夜々子にちらりと視線を向けた。


 夜々子の体が、炎上を始めた。


「あ……え……?」


 昼介も、サンハイトも、夜々子自身も状況がつかめなかった。

 夜々子の夢の中の体が、現実の体と同じように紫の炎に包まれていた。

 夜々子は、もがいた。


「……夜々子ッ!?」


 何も分からないまま、昼介は飛びついた。

 夜々子に触れようとして、肌をあぶられて反射的に手を引っ込めた。

 燃え盛りながら、夜々子は声を発した。


「昼介くん……これ、魔力……強まってる……」


 夢のつながりが途切れて、夜々子の姿が消滅した。

 昼介はうろたえた。


「なんだよ!? こんな、急に、何が起きたっていうんだ!?」


 背後からサンハイトが忠告した。


「目覚めた方がいい、白木昼介。

 ニグトダルクの仕業だとしたら、体の方にも何があるか分からん」


「分かってるよ!!」


 昼介は意識を覚醒させて、夢から浮上した。




   ◆




 目覚め、山中、夜明け前。

 夢で感じた通り、昼介の体からは光の粒子が消えていた。

 それを実感する間も惜しく、昼介はそばにいるはずの夜々子を見た。

 炎上。眠る前とは比にならない量の炎が上がり、火だるまとなっていた。


「夜々子おい、生きてるか!?」


 昼介は必死で呼びかけた。

 夜々子は身動きひとつしない。まさか。違う。冷静になれ。

 紫の炎は生きているものしか燃やさない。なら、夜々子は生きているはずだ。

 動かないのは意識がないのか。まだ、夢の中にいるのか。


「くそっ……! もう一回行けるか、夜々子の夢の中……!」


 東の空はわずかに白む。夏の早朝、夢の終わりにはまだ早い。

 意識を集中させる。起きたまま夢を見るような感覚。

 夜々子の夢への道、途切れた感覚がある。

 夜々子の気配が遠い。もっと、もっと近くへ!


「サンハイト!! おれの体を貸す!!

 だからおれの体と、夜々子の体、守ってくれ!! 燃え尽きたりしないように!!」


 できるかどうかも、サンハイトが素直に守ってくれるかどうかも、今はいったん考えない。

 昼介は夜々子の体を抱きかかえた。自分の体が焼けるのも、今は考えない。

 ほとんど直感的に、ひたいにひたいを押しつけて、昼介は祈った。


(夜々子!!)


 紫の炎に包まれながら、昼介はイメージを強める。

 手を伸ばすイメージ。最初に夢をつないだときのように。そうだ。手だ。


(手をつなげ!!)


 指をからめて、つなぐ。

 動かない中指にも、神経を張り詰めるイメージで。

 燃えながら、両手ともにからめる。

 意識に、カチリ、パズルのピースがはまるような感覚があった。


(行けぇ!!)


 潜行する。夢の中へ。

 手をつなぎに。

 この夜も、それを越えて昼も、ずっと夜々子と、手をつなぐために。






【第四章「前世を超えろ!」終わり

 最終章「そして手をつなぐ」に続く】

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