第36話 決戦の時、昼介vsサンハイト

 サンハイトは手のひらから、魔法陣をほとばしらせた。


聖域サンクチュアリ


 闇の地面に落ちた魔法陣は波紋のように広がり、光の壁を作った。

 壁は夜々子だけを押し出した。


「夜々子っ!」


「昼介くん!」


 光の壁の中と外で、二人は壁を叩いて呼びかけあった。

 壁の中は、昼介とサンハイトの一対一。

 そしてサンハイトは、光の剣をぶら下げて、昼介に歩み寄った。


「十二年だ」


 唐突に言葉を投げかけられて、昼介は振り返った。

 暗い闇の中、光の壁と足元の魔法陣が光源になって、サンハイトの顔は下から照らされた。

 サンハイトは冷たい憎悪の表情で、昼介を見下ろした。


「おまえが今見た記憶の続き。おまえの体に転生して、おまえの自我に追いやられて、ようやくおまえに声が届くまでの時間だ。

 おまえという存在が居続けるせいで、俺はそれだけの期間、こんな暗闇の中で一人閉じこもる羽目になった」


「勝手に生まれ変わってきた分際で何を……」


 言い返しかけたところに光の剣を振られ、昼介は危なっかしくかわした。

 サンハイトは剣を構え直した。


「おまえの心が存在する限り、俺が俺として人生を生きる時間は刻一刻と減っている……!

 そのうえ過去も、思い出さえも奪っておいて、それでも俺が成り代わることはできないのか!」


 魔力が渦巻いた。

 サンハイトの目は、暗く昼介を見すえた。


「もう、耐えられない。白木昼介、ここで決着をつけてやる。

 おまえの心を殺して、それで俺が成り代われるならよし。

 そうならずに俺ももろとも死んだとしても、このままおまえの夢の片隅でしか存在できない状況より悪いとも思わない」


「おいおい……」


 昼介も剣を出しながら、じっと様子をうかがった。

 サンハイトの輪郭が、一瞬じわりと崩れたように見えた。


(サンハイト、あせってるのか? 存在が崩れかけてる?

 考えてみたら……おれがサンハイトと混ざりかけたってことは、見方を変えたらサンハイトがおれに溶け込んできたって言えるのか。

 ニグトダルクの魔法陣を利用しただけだからサンハイトも転生の仕組みを分かってないし、場合によっちゃ、サンハイトの方が溶けて消える可能性もあったのか?)


 昼介は考えながら、剣を構える。

 壁の外から、夜々子が心配そうに声を上げた。


「昼介くん……」


「夜々子、大丈夫だ。なんとかする」


 夜々子と会話している間に、サンハイトは切りかかってきた。

 剣で受ける。押される。

 剣術も体格も、昼介が圧倒的に不利だ。


「くっそ……!」


 押される。何度も剣を打ち込まれる。必死で受ける。

 サンハイトは攻撃を打ち込みながら、冷たく口角を上げてみせた。


「魔力は強まっても、維持が甘いな。

 おまえの剣、打ち合うたびに小さくなっているぞ」


 昼介は歯を噛みしめ、夜々子は息を呑んだ。

 最初はしっかりと長剣だった昼介の剣は、すでにふた回りは縮んでいる。


「昼介くん、どうしよう、わたしに何か……!」


「大丈夫だ夜々子! おれが勝つ! 信じてろ!」


 壁の外の夜々子に目を向けて。


「おれが今までウソついたこと、あったか?」


「……!」


 夜々子は昼介の顔を見つめた。

 昼介は緊張した顔で、それでも強がって笑ってみせた。

 サンハイトが鼻を鳴らした。


「虚勢だな」


「おいっサンハイト! ちょっとくらい語らいの時間くれたって……!」


 打ち合う。打ち合い続ける。

 そのたびに昼介の剣は、少しずつ縮んでいった。

 走り回る。せめて小柄さを活かして立ち回る。

 そんな昼介のみぞおちに、回り込んできたサンハイトのつま先がめり込んだ。


「がはっ……!」


「昼介くん!!」


 昼介は蹴り飛ばされて、壁際でうずくまった。

 サンハイトはさらりと金髪と光の粒子を流して、冷酷に見下ろした。

 いまだ挑戦的に見上げてくる昼介を、サンハイトは鼻で笑った。


「その程度で、俺に勝てるとよく大口を叩ける」


「うるせえよ……!」


 昼介は立ち上がれないまま剣を構えた。

 その剣をサンハイトは剣で打って払い、がら空きになった顔面を蹴りつけた。

 夜々子が悲鳴を上げた。


「ちょっと、やめてよ、そんな! ひどい!

 昼介くんをいじめないで! ねぇったら!」


「黙れッ!! 魔王の転生者が!!」


 昼介を踏みにじりながら、サンハイトは憎しみの顔を夜々子に向けた。


「そもそも貴様が生きているから俺の苦しみが終わらないんだ……!

 貴様も、白木昼介も、まとめていなくなれば俺の苦しみは終わるのに……!」


「おい……!」


 サンハイトは足元に顔を向けた。

 顔面を腫らした昼介が、はいずりながらなんとか手を伸ばし、サンハイトの足をつかんだ。

 もはや鉛筆くらいの大きさになった光の剣を、それでも構えて、昼介はにらみ上げた。


「いい大人がガキみてーに人のせいにしてんじゃねーよ……!

 おれたちだって苦しんでんだよ。なんとかしようとしてんだよ……!

 人の人生にタダ乗りしてやり直そうとしてるお気楽野郎に、文句言われる筋合いなんかねーんだよ……!!」


 サンハイトは、刺すほどに冷たい視線を落とした。

 底冷えするような、憎しみの感情で。


「貴様が握るその剣も、俺の魔力の借り物だがな。

 強がりを言うなら、せめて自分の特技でなんとかしてみせるがいい」


 サンハイトの光の剣が、振り上げられ――


「悪いな。ちょっとウソついてた」


 昼介の剣が、元のサイズにまで延長した。


 サンハイトは、脇腹を押さえた。

 伸びた昼介の光の剣が、サンハイトの脇腹をあやまたず貫いていた。

 サンハイトはよろめき、後退し、血を吐いた。


「バカなっ……! 貴様、弱ったフリを……!

 わざと剣を小さくして、隙をうかがっていたのか……!」


「へへ」


 昼介は、痛む口角を無理やりに吊り上げてみせた。


「ウソと強がりは特技なもんでね。

 何しろこちとら、好きな女を心配させまいとずっと気張ってきたからよ」


 光の壁が消えて、夜々子が駆け寄ってきた。


「昼介くん!」


 そのまま抱きしめて、泣きじゃくりながら怒鳴った。


「バカ! こんなっ、ヒヤヒヤさせるようなことして!」


「なんだよ、ウソつくって匂わせただろ?

『おれが今までウソついたことあったか』って、通じなかった?」


「なんかするっていうのは分かったけど、こんなひどい目に遭うとは思わないじゃん!

 わたしっ、ホントに心配してっ……」


 ぐじぐじ泣きじゃくる夜々子を前にして、昼介はおろおろした。

 それで、笑っておちゃらけてみせた。


「かっこよかっただろ?」


「バカっ!」


 夜々子は怒鳴った。

 それから、泣き腫らした目を伏せて、もじもじして、いろんな意味で赤くなった顔で、ふてくされたように声を出した。


「むちゃくちゃかっこよかった……」


 その声を聞いて、顔を見て、昼介は満面の笑みを見せた。

 夜々子はグーパンチした。

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